第10話 地震の原因

 地震が始まり、周囲の岩壁が不気味な音を立てて揺れ動いた。ゴブリンの巣穴であるこのダンジョンが、まるで生き物のように崩れ始める。僕は直感でこれはただの地震じゃないと感じた。


「やばい……崩れる!」


 視聴者のコメント欄も一気に騒ぎ出す。


『大丈夫か?!』

『逃げろ!』

『妹が心配してるぞ!』


「分かってる、みんな落ち着いて。とにかく今は安全な場所に避難しないと!」


 僕は周囲を見渡し、崩れた巣穴を見つける。ゴブリンの巣が崩れ落ちて、あちこちで瓦礫が散らばっていた。大きな揺れが収まる前に、素早く安全なルートを確保しようとダンジョンの出口へ向かって走り出す。


 その時、僕の目の前に先ほどのハーレムパーティーが再び現れた。彼らも必死に逃げているが、何かが違和感を残していた。


「……あれ?」


 彼らは四人でいたはずだ。それなのに今は三人しかいない。


 弓使い、戦士、リーダーの男が混乱しながら駆け抜けていくが、あの魔女っ子がいないことに気づいた。


「置き去りにしたのか?!」


 僕は立ち止まり、高い場所に上がって辺りを見渡す。


 彼らはゴブリンを引き連れて逃げている。彼らの来た方向を見れば、そこには、倒れた岩の下敷きになりかけた魔女っ子が孤立していた。


 彼女は周囲を見回しながら、必死に助けを求めていたが、仲間はすでに彼女を見捨てて逃げてしまったようだった。


「くそっ、待ってろ! 身体強化!」


 僕は彼女の元へ駆け寄り、周囲の瓦礫を避けながらたどり着いた。彼女は足を挫いたようで、立ち上がれずに苦しんでいた。


「だ、大丈夫?!」

「……助けて……」


 弱々しい声で彼女はそう言う。僕は彼女を起こし、崩れる天井から彼女をかばいながら抱きかかえた。


「もう少しだから、我慢して!」


 崩れた瓦礫を避けつつ、僕は彼女を安全な場所まで運ぶ。


 重い息をつきながら、ようやく比較的安定している場所にたどり着くと、魔女っ子は涙ぐんで僕に感謝の言葉をつぶやいた。


「ありがとう……ありがとうございます……私、置いて行かれちゃって……怖かった……」

「安心して、もう大丈夫だから」


 地震は続いているせいで、逃げ道も塞がれてしまった。

 彼女の無事を確認しながら、僕はコメント欄に目をやる。


『お兄ちゃん! 頑張った!』

『無事でよかった!』

『ヒーローだな』


 サクラを含め、視聴者たちが安堵の声を上げてくれている。僕も少しだけ安心して、魔女っ子の顔を見つめた。


「もう少し休んだら、一緒に出口まで行こう」


 彼女はうなずいて、僕に小さな微笑みを返した。


 地震の影響で退路が絶たれ、彼女に笑いかけたけど、どうすればいいのか僕は悩んでいた。


「とにかくここにいたら岩が落ちてくる可能性があるから、移動するね」

「……はい」


 僕は魔女っ子をおんぶして、走り出した。


 下に降りることはできない。仕方なく岩場を離れ頂上を目指した。


 次第に揺れはひどくなり、僕は立っていることも厳しくなって、近くの木へ捕まって耐えていると地震の原因が現れた。


「あれは!」


 ゴブリンたちを養分にするように、巨大な樹木が蔦を使ってゴブリンたちをどんどん倒していく。魔石は吸収されて、暴走する樹木のモンスターが暴れ回り、自分を揺らしていたのだ。


「……これが原因だったのか……」


 僕は、その場に立ち尽くしながら、事態を理解し始めた。ゴブリンたちが、どこからともなく現れたモンスターによって蹂躙されている。


 そして、ダンジョンが崩壊しゴブリンの巣穴は崩壊した。


 僕は樹木のモンスターに見つからないよう慎重に動きながら、背負っていた魔女っ子を安全な場所に下ろした。彼女も、この異常な事態に気づいたようで、驚愕と恐怖が混ざった表情を浮かべていた。


「……何あれ……」

「落ち着いて。まずは安全な場所に避難しよう」


 樹木は苦しそうに呼吸をしていた。どうやらゴブリンたちのタダでやられるわけじゃなく、攻撃を仕掛けていたようだ。


 どちらも生存競争をするように最後まで戦い抜いたのだろう。しかし、その結果としてお互い大きな傷を負ってしまったのだ。


「どうする……?」


 僕は傷を負ったモンスターたちに近づくべきか、それともこのまま見逃すべきか、迷っていた。確かに危険な存在かもしれない。


 しかし、今ならどちらも討伐できるかもしれない。僕は、その事実を前にして、迷っていた。


『おいおい、倒すのか?』

『こんな高ランクのモンスターが出現するとか、とんでもない事件だぞ!』

『今なら倒せるんじゃないか?!』

『これって英雄誕生の瞬間じゃね?』


 コメント欄には、魔物を倒すべきだという意見が流れてくる。


 確かに、この高ランクのモンスターを倒せば、かなり高額の報酬が手に入るかもしれない。だけど、それは本当に正しい選択なのかな?


『お兄ちゃん、助けてあげて!』


 その瞬間、サクラのコメントが画面に流れた。彼女の言葉が、僕の心に深く響いた。


『苦しそうだよ!……助けて!』


 サクラの言葉が、僕の心に刺さった。モンスターが傷つき、倒れている姿を見たとき、サクラの言葉が真実であるように感じられた。


 確かに、モンスターは無差別に暴れていたわけではなく、何か理由があるのかもしれない。


「……そうか」


 僕は武器を下ろして、モンスターに近づいた。


 傷つき、倒れたまま動けない。モンスターはただ、何かを守ろうとしていただけだった。モンスターは俺を見たような気がする。


「もう、暴れないで……そのままじゃ死んじゃうぞ」


 僕はゆっくりとモンスターに歩み寄り、その傷ついた体を見下ろした。ゴブリンたちとモンスターは領域がぶつかってしまったのかもしれない。


 モンスターたちにも生存競争があるんだ。


『おいおい、モンスターにも優しさを出すって……』

『優しいな』

『殺さなくてよかったかもな……』


 コメント欄には、安堵の声が流れ始めた。サクラの言葉に導かれ、僕はモンスターを倒すことをやめた。モンスターは次第に静かに息を引き取る瞬間、苗を生み出した。


「えっ?」


 苗は僕の手の中に落ちてきて、もしかたらモンスターはこの苗をただ守りたかっただけなのかもしれない。


 それを思うと、僕はモンスターに手を出さなくて良かったと思えた。


「僕が君の代わりに育ててみるよ。これでよかったんだよね?」


 僕が声をかけると、モンスターは静かに息を引き取って、魔石と一本の丸太に変わった。


 それらを拾い上げて、ゆっくりと魔女っ子の方へ戻った。彼女は僕の様子をただ黙って見つめていた。

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