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第55話


夜10時をまわった。


駅前にしゃがみ込んでいれば、不意にローターリーに車が入ってくる。そんな車は何台もいたのに、そのとき初めて不破だと思った。立ち上がる。



「──夏葉、」



車から降りてきたのは、予想通り不破だった。



「何してんの、危ねえだろうが」



不破は私の目の前までやってきて、スーツのジャケットを私の肩にかける。


その瞬間、我慢ができなくなった。両腕を伸ばし、不破の首に抱きつく。不破は束の間静止し、私よりも強く抱きしめ返した。



「ごめんなさい」

「何が?

「もう、どうしたらいいのかわからなくて……」



会いたい。離れたくない。苦しくて、胸が熱い。隙間なく抱きつきたい。もっと近くまで招き入れてほしい。


思考が欲望まみれで、嫌気がさす。



「これ以上、好きになりたくない。ふさわしいものを選んでいたい」



言葉とは裏腹に、不破に触れる手は緩まない。



「……なんで千尋くんのときよりずっと苦しいの? 一方的で良かったのに、なんで、わたし、あなたの気持ちまでほしいって望んでしまうんだろう」



好きなの。会いたいの。触れてほしいの。


同じことを、どうか、あなたにも思ってほしい。



私の悲痛な訴えとは毛色が違う。不破は随分と楽しそうに笑った。



「欲しがっていいって思ったからだろ」



不破は顎に触れ、顔を持ち上げ、すり寄るように顔を寄せる。



「合ってるよ。欲しがっていい。気持ちはある、ちゃんと」



唇を重ねて離れるだけの動作。



「……うそ」

「わざわざ嘘つきに来るやついんのか?」

「でも……だっ、て……」

「何?」



黙り込む私に笑って、不破はもう一度口付けた。



   

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