第24話


平常心を保つよう自分に言い聞かせる私に、わざとかは知らない、不破は膝をぶつけた。その程度の接触に意識が動く。



「仕事が詰まってた。悪かったよ」



平常心を保とうと必死になっていた私は、一瞬で落ち着いた。この人も謝れるのか、なんて、おかしなところに引っかかったせいだ。


不破を見上げる。



「どうして謝るの?」

「会う時間を作れなかった」

「仕事なんでしょう?」

「仕事だけど」

「なら仕方ないじゃない。そもそも約束をしているわけでもないのだから、私に謝る必要はないわ」

「でも」



不破はテーブルについた手で口元を覆う。



「やり逃げみてえなもんでしょ。それは思わねえの?」

「……その意図があるなら、今日も連絡をしない方が良かったんじゃない?」

「その意図がねえから言ってんだわ」



なぜか呆れられて、私は目を逸らす羽目になる。



「……別に、何か間違えたのかもしれないと思ったくらいよ。そういう懸念も相まって、あなたのことばかり考えていた。だから、あなたに会わなくてもあなた以外に意識が振れづらかった」



やっぱり、私には謝る必要はない。ほら、今だって私、千尋くんのことを考えていない。私は不破の言動からメリットしか享受していない。


グラスは空になった。もう一杯いただこうと目を上げて一哉さんを探せば、不破の手が私の指先を掴んだ。



「悪かったよ、不安にさせた」



キザな不破でも、からかう不破でもない。彼は真剣な顔をして、私の指を見下ろしながら似合わない謝罪を繰り返している。



「……私が不安になったとして、あなたには関係ないわ。気にしなくていい」

「関係あるだろ」

「どうして? あなたは別に、」

「間違いはなかった。そんなことも言ってねえんだから」



いや、嘘だ。キザな不破だった。この不破は嫌だ。苦手だ。


私は慌てて不破に捕えられている手を引き抜いた。



「……い、らない……そういうのは、いい。あなたが不快でなかったのなら、それでいいから」

「俺はだいぶ良かったよ」



言葉を失った。今平常心を保つのは無理だ。出直すのがいい。早急に不破の前から立ち去るのがいい。


今日は帰ることを告げ、鞄を持って立ち上がれば、なぜか不破まで立ち上がる。



「え、なん……」

「送る。一哉、浅海の分俺につけて」

「え、やめ、なんで……やめてよ、そんなの」

「呼びつけてんだから俺が出す」

「いや、私が勝手に」



不破は黙らせるように私の肩に触れて、レジカウンターへ向かった。




    

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