34話

和泉さんはすごく普通だし、合鍵、渡し慣れてる感じだ。一瞬で手汗がやばいのも、わたしだけだっていうのか。


いいから、持ってな。なんて、和泉さんに彼女がいれば、わたし、怒られちゃうんじゃないの。


……そうだ、彼女……。



「和泉さん……彼女とか、いないんですか?」



頼りない質問は、背中にぶつけた。一度振り向かれた色素の薄い瞳は、静かにわたしを見据える。


「秘密」


答えはもちろん、居る、いない、の二択だとばかり思っていたから、拍子抜けだ。ずるい。大人の駆け引き、なんて、わたしに太刀打ちできないよ。


「なんで急に気になってんの?」


背を向けたまま、和泉さんが言う。


「だって彼女がいれば、合鍵とか貰っちゃだめじゃないですか」


「そうかな。心雨だからいいんじゃないの」



わたしだからって、どういうこと?ちっとも理由になってないけれど、やっぱり、妹だからOKだってこと?



とっさにソファーから降りると、足音を忍ばせて和泉さんの背後に回り込む。すらりとした縦の線なのに、背中は頼もしいほど広い。喉仏といい、この広い背中といい、襟足といい和泉藍という人を作るおおよそ全てのものがわたしにとっては致命傷だ。



「お、しえて、下さい」



白いシャツをぎゅうっと掴んだ。掴んだ手は、情けなくも小刻みに震えた。


心臓の音がどんどんとわたしを追いかけてくる。

そんなに早く走らなくても、もう少しゆっくりして良いのに。



「俺に彼女はいないよ。……でも、」



縫うように視線を上げると、振り向いた和泉さんと視線がぶつかる。しかし、途端に弾けるように和泉さんは前を向くので、表情が伺えない。


「でも?」


「なんでもない。ていうか言っていい?」


「はい」


「間違えてミルクティー作っちゃった。心雨って甘いの食いながら甘いの飲めるタイプだっけ」


「飲めますけど……なんでカフェオレとミルクティー間違えるんですか?」


「なんでだろうネ?」


質問を質問で返すのはずるい人だ。

しかも、振り向いてもくれない。


しかし、個人的にとても有意義な情報を得ることに成功した。見たか、星占い。


好きな人のことが分からない、ですって?

彼女が居ないって、分かっちゃったもんね。


……だけど。


すぐあとにくっついた" でも "のせいで、わたしのもやもやが完全に晴れることはなかった。

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