31話

そうして約5分後。わたしは和泉さんの家の前に居た。さすがに先程の、やる気のないルームウェアは女としてNGなので、リブタイプのTシャツにスキニーパンツ、上にはカーディガンを羽織ってみた。スキニーパンツは、あれだ。ソウイウあらわれだ。


すごい展開になったけれど、こんなかたちで和泉さんの家にお邪魔するなんて……!


ガチャ、と音を立てるドアに、どきんと胸が一鳴り。

片手でドアを開ける和泉さんは「ん。どうぞ」と、いつもみたく、平然としていて気のない返事だ。


わたしばかりどきまぎして、馬鹿みたい。


きにしない、きにしない、きにしない……!


「おじゃまします!」


" 妹 "の一線を張る。すると幾分か気分が落ち着いた。



「ほら、スリッパ」


「平気です!気にしません!」


「いや意味がわからん。どうした」



は!!

思わず、決意が口に出してしまい、慌てて口を塞ぐ。


「どうもしてません。通常運転です。スリッパいただきます!」



そそくさと足を潜らせ、和泉さんの後を追う。


和泉さんのおうち、いい匂いするなあ……。

同じ間取りで、同じ建物内。隣の部屋ってだけなのに、香りも雰囲気も違う。瑞々しくて、爽やかな香りが好きだ。


しかし、うっとりとしているのはわたしだけ。和泉さんは、目で不快感を表しているから、あわててぴしゃりと姿勢を正す。



「こちら、バウムクーヘンです。あとで食べてください」


「そうだな。あとで一緒に食お」



見下ろしてくる平行二重の瞳がやたらと官能的だ。和泉さんに献上する予定だったのに、わたしのような小娘は、食べます!と返事をせずるを得ない。


和泉さんの言動にいちいちときめく安いこころ。



「浴室の場所はわかるよな。バスタオルと、シャンプーとかは容器見て使って」


「ありがとうございます」



すぐに浴室へ向かった。なにを言われても、今夜のミッションは、恙無つつがなくお風呂を借りることである。


シャワーヘッドはうちとは違うタイプのもので、少しだけ格闘した。ノズルを下げると何故かミストタイプのシャワーが出てきたのだ。ミストなのにあたたかい。なにより細かな雫が肌に張り付いて、気持ちがいい。


給湯器が壊れたからと言って、彼女でもないのに、ここまでするのかな。


……やっぱり、妹だから?


そうでなければ、他の人にも、同じことするのかな……。


どっちにしても、モヤモヤしちゃう。


浴室は髪の毛も落ちていないし、水気を放置した時にできるぬるっとした汚れも、頑固な水垢もなく、まさしく清潔そのものだ。


うちのお兄ちゃんが一人暮らししたら、こうはならないだろう。さすが和泉さんだ。


黒くて四角いシャンプー容器のなかには、グリーンアップルの香りがするシャンプーだった。いつかかいだことのある香りは、和泉さんと同じものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る