和泉さんとひみつ

12話‎𖤐お返しはアイスキャンディー


『心雨の髪、超綺麗』


和泉藍という人物を何も知らず、このセリフを聞いた人は、彼を軟派な人物だと思うだろう。かくいうわたしも、その1人だ。


しかし、実は違う。


周囲が大学受験に勤しむ中、和泉さんは、親族の美容室に修行と銘打ってバイトに打ち込んでいるのを知ってしまった。県内でも有名な進学校に通っていたにも関わらず。


それから徐々に、わたしの中で、和泉藍という人のイメージが変わりつつあった、中三の秋。



『でも、手入れは全然してないな』



言われて、ぎくりと冷や汗を書いた。反論する術を持たなかったからだ。


だって、髪の毛にヘアブラシを通すのは思いついた時だけ。頻度にすると、週に一度くらい、かな?もっと間が空くかもしれない。


忙しいを言い訳に、自分の容姿のことは二の次だもん。



『ブラシは?』


和泉さんはわたしの返事を聞くよりも先に手を出した。言われるがまま用意すると、次は、『ここ座れ』だ。


他人のお家なのに、この傍若無人さにむっと口を尖らせつつ、ダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。するとあろうことか、和泉さんはわたしの髪の毛を丁寧に梳いてくれた。


『せっかく綺麗な髪質してるのに、超もったいない』


『そうですか?』


『恵まれてることにいいかげん気づけ。……や、気づかなくていいか』


『どっちですか』


『とにかく、髪は大事にしろって話。いい?』


背後からの言葉に、『はい』と、素っ気なく頷いて、脳内ではしっかりと、髪の毛を梳くこと、を、毎日のルーティンとして刻む。



『和泉さん、美容室のバイトって何してるんですか?』


『床に落ちた髪の毛の掃除と、道具の手入れと、受付の手伝いとか、あとは……』



つらつらと内容を告げる和泉さんだけど、わたしは驚いたのだ。



『カットしてるわけじゃないんですね』


『ばか。まだ資格も持ってない高校生に、髪をカットして欲しい人がどこにいるよ』


ここに居ますよ、は、頑張って飲み込んだ。代わりに、わたしはこう答えた。


『夢が出来ました』


『夢?』


『いつか、お金貯めて、和泉さんに髪の毛をカットしてもらう夢です』


『簡単すぎる夢を持ったね』



その簡単な夢を、和泉さんはまだ覚えてるか、答え合わせは出来ていない。……わたしにとっては、かなり、勇気を出して答えた夢だ。


進学する際、奨学金制度を使わせて貰えなかったので、お父さんからの仕送りは丁重にお断りして、バイトを始めた。そのうちの一部を、夢用にと残している。


その日からわたしは、ずっと髪を伸ばしている。同時に、毎日欠かすことなく、時間をかけて髪の毛を梳いている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る