第8話

「荷物は纏めといたから」


 


玄関に置いてあった黒のバックパックのことだとすぐに分かった。帰宅した時に見かけた新品のバッグ。今まで見たことないものだったので印象に残っていた。



この用意周到さは、前々から準備していたことを物語っている。



姉は本気だ。本気で私を追い出そうとしている。これはもう、出ていくしかないみたい。



 

「……じゃあ、逃げるね」


「うん。気をつけて」


 


気をつけてって、どんな気持ちで言ってんの、それ。

 


そう言えたらよかったけど、姉には逆らえない。私は姉が住む部屋に居候させてもらっている身だから。

 



私たち姉妹の関係は冷え切っていた。会話らしい会話はほとんどない。帰りに洗剤買ってきてとか、明日は帰らないとか、そういった最低限のものしか記憶にない。姉はきっと私を疎ましく思っているだろうし、憎んでもいるから当然と言えば当然。



……あ、ダメだ。気持ちが沈んで抜け出せなくなりそう。今はそれどころじゃないのに。



私はこれ以上深く考えないことに決めた。

 




とりあえず、荷物の整理から始めることにした。バックパックの中身を漁っていく。



すると、頭のてっぺんがむずむずし始めて、猫耳がぴょこんと顔を出した。短くて黒い毛の生えた三角耳が、私の意志と関係なくぴくぴくと動いている。



姉の視線が突き刺さる。私はチューリップハットを深々と被って耳を隠した。



 

「……それ、絶対見せないようにして」


「分かってる」



 

家族以外には見せたことない。今は、疲れとストレスと混乱で制御できてないだけだもん。

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