第33話 約束

 交易路か。


 一本道で、道幅もかなり広い。


 馬車を止めて野営するのにも適している。


 問題は……魔物達の襲撃があるかどうか。


 奴等に不意を突かれて、こちらが後手に回る心配はない。俺とエミリーのスキルで、魔物達を先に探知できるから、先制攻撃も可能だ。


 ……不安要素。


 それはやはりゲイルさんとガスさん、それと馬二頭を守りながら戦うことか。


 今さら不安どうこうと考えるなよ、レイン。


 お前が4人で森林地帯に行くと決断したなら

責任を持て!


 その時、ポンと俺の肩に温かい手が触れる。


 視線をそちらに向けるとエミリーがにっこり笑っていた。


「ひとりで何から何まで抱え込まないでよね。レインひとりじゃない、私もいるよ」


 …………ははは。


 そうだな。 


 こんなに心強い味方はそうそういないよな。


「もちろん、聖騎士様に期待しております」


 俺とエミリーは、お互いに顔を見合わせると馬車の屋根の上で声を出して笑ってしまったのだった。


♢♢♢


 夕刻までそれなりの時間があるはずなのに、周囲は少し薄暗い。


 森林地帯の木々が、陽の光を遮っているからだろう。


 明るいはずなのに薄暗い。


 今のこの状況に何か釈然としないが、そんな深く考えてもしょうがない。


 俺は気持ちを切り替える、そして大事なことを思い出す。


(あっ、そうだ!)


 馬車の屋根の上から少し大きめの声を出し、

ゲイルさんとガスさんにのことを質問する。


「この森林地帯に丘があるんですよ。杉の木が三本ある小高い丘です。その場所に心当たりはありませんか?」


 パッパカパッパカと小気味良い音を鳴らして

走る二頭の馬。


 その御者であるガスさんが言う。


 「杉の木が三本ある小高い丘は……あそこしかないっす。そうっすよね、隊長」


 珍しくお決まり文句を言わないゲイルさんが

ガスさんの問いに頷く。


「まだかなり距離はありますが、交易路の右側にその丘が見えます。丘の下は沼地だったはずです」


「そう、そこです! 間違いありません!」


 大陸中央と東部の境界線になっているのが、今のいる森林地帯、俺とカリンがその小高い丘から魔王軍先遣隊を確認したんだ。


 今、その場所が分かったんだ!


 「ちょ、ちょっとレイン危ないよ」


 興奮した俺は、いつの間にか馬車の屋根から御者席の方に身を乗り出し、エミリーにローブを掴まれていた。


「魔王軍先遣隊の場所が判明っすね。ははは、やったっす。俺達やったっす」


「このクソ野郎ヘナチョコガス! 別にお前が見つけたわけじゃねーから! やりましたね、レイン殿。場所が分かればこっちのものです」


「はい、ゲイルさんとガスさんが一緒で本当に良かったです」


 俺、ゲイルさん、ガスさんの男3人は、硬い握手を交わし喜び合っていた時、聞こえてくる聞き慣れた声。


 ――バカみたい。 


 聖騎士エミリー・ファインズの冷やかな声が俺達3人を凍らせる。


「何がバカみたいなんだよ、エミリー。魔王軍先遣隊の場所が分かったんだよ。お前だって、嬉しいだろ?」


 なぜ、エミリーがそんな口調で言葉を発したのか意味が分からなかったけど、喜んでる俺達に水を差した口ぶりが、気に食わなかった。


 エミリーは馬車の屋根の上で凛として立つ。


 それから腕を組み、俺達を見下ろしながら、こう言ったのだった。


「あのね、魔王軍の先遣隊の場所が云々なんて関係ないでしょ! 私、ううん、私とレインのスキルがあれば、先遣隊のいる場所なんて簡単に判明するじゃん。600も魔物がいるなら、

スキルが反応するでしょうが! 私達は何にも考えず、ただこの交易路をまっすぐ進んでればいいだけなんだから」


「「「……っ!…………確かに……」」」


 俺、ゲイルさん、ガスさんは、しばらくの間口をきくことができなかったのだった。


♢♢♢


 陽もすっかり沈み、夜の帳が下りる。


 馬車を交易路の端に寄せ、今日の夜はここで野営することになった。


 左右の見通しが良く、巨木を背にする格好の場所。


 エミリーの言う通り、俺達のスキルがあれば

魔物達を探知することは可能。先遣隊の場所もそうだし、野営をする今この時も臆する必要はないのだ。


 俺達は火を起こし暖を取り、ガスさんの料理に舌鼓を打ち、それから各々が寝床に入った。


 見張りは、俺とエミリーの交代制になった。


 その理由は、スキル持ちの俺達にしか魔物は探知できない。


 この森林地帯において、いつ魔物が現れてもおかしくない。


 ゲイルさんとガスさんには悪いけど、二人に

見張りを任せることはできないのだ。 


 夜の見張りのことを考えると、スキル持ちがもう一人いてくれれば、かなり楽になるけれどそれを言っても意味がない。今のいる俺達二人でやっていくしかないのだから。


 まず最初の見張り番は、俺が志願した。


 エミリーは女の子だし、馬車の中で色々することがあるだろうから……。


 ――その夜は、異様なほど静かに感じた。


 動物や虫の鳴き声など、一切聞こえない。


 本当に無意識だったが、刀に手をかける俺がいた。


♢♢♢


 コンコンと馬車をノックする音が聞こえる。


 その音が2回くらい続き、私は目を覚ます。


 見張りの交代は、まだ少し後のはずだけど、

馬車をノックする音は今も聞こえる。


 (レインだよね?)


 寝巻き姿でレインの前に出るのは、少しだけ

恥ずかしかったので、黒の祭服を羽織ってから

馬車の扉を開ける。


 やはり、そこにはレインがいた。


「どうしたの、レイン」


 ――見張りの交代まで、まだ時間あるよね? 


 などと、そんな無粋なことは言わない。


 レインの顔を見たならば、そんなこと言えるはずがないのだ。


 その顔に見惚れてしまうくらいに、レインの真剣な顔が私の目の前にあった。


「エミリー、すぐ鎧を着て戦闘準備を。魔物達がこっちにくる」


「えっ?」


 私の聖騎士スキルにそんな反応はない。


「レインのスキルに魔物達の反応があるの?」


「……ないよ。ないけど、間違いなく魔物達がこっちに向かって来てるんだ。エミリー、俺を信じてくれ! 今、この時間も惜しい」


「……分かった。すぐ準備する」


 私の言葉を聞いたレインの顔が笑顔になる。


 馬車の扉を閉め、私は自分が戦うための準備を始めた。


 黒の祭服を着て、白銀の鎧を身に着け、真紅のマントを纏い、最後に私の愛剣である二本の

聖剣と神剣を帯剣する。


 よし! 私はその掛け声と共に、馬車の扉を一気に開け放ったのだった。


「「エミリー様」」


 私の名を呼ぶ二人が、目の前に立っている。


 ゲイルさんとガスさんも白銀の鎧を身に着け

刺突剣を帯剣していた。


 あれ? おかしいな。


 私の目の前にいるべき人が見当たらない。


「ゲイルさん、ガスさん。あの、レインは? レインはどこにいるの?」


 二人の顔が暗く沈む。


 私は、二人の顔を見て悟る。


 ゲイルさんが苦悶の表情で私に言った。


「レイン殿からの伝言です。エミリーは、必ずあの約束を守れ。俺は、俺にできることをしてくるよ」


<ひとりで何から何まで抱え込まないでよね。レインひとりじゃない、私もいるよ>


 もう、私の言葉をホントに聞いてた?


 クソ真面目男! エッチ! 女たらし!


 レインのことをボロクソに言った私だけど、

思うことはたった一つだけ。


「ちゃんと無事に帰って来てよね、レイン」


 私は、必ずあなたとの約束を守るよ。


―――――――――――――――――――――

あとがき


 明日からしばらくの間、休載させて頂きます 

 

               前田ヒロフミ

 


 


 


 

 





 


 


 


 

 

 


 



 


 


 


 


 


 




 


 


 


 



 


 

 

 


 


 


 


 


 


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る