第31話 目覚め
朝日の眩しさと共に、チュンチュンと鳴く、小鳥のさえずりによって、俺は目を覚ます。
横に視線を向けると寝袋で寝息を立てながらガスさんが熟睡している。
その顔には、見事な青タンができていた。
「ははは、痛そうだな」
俺、ゲイルさん、ガスさんの男3人は、馬車から少し離れた草むらを寝床にして寝袋に入り睡眠をとっていたが、周囲に何もない草原地帯において、さすがに無防備の状態で睡眠をとるのは危険だったので、交代制で見張りを立て、朝を迎えることになったのだった。
「おはようございます、レイン殿」
「ゲイルさん、おはようございます」
この人も見事な青タンが顔にできていた。
(こっちもこっちで痛そうだ)
ゲイルさんは、俺に淹れたてのお茶を手渡すと、スヤスヤ寝ているガスさんにケリを入れて
叩き起す。
「このクソ野郎の寝坊助バカガス! とっとと起きて朝食を作りやがれ!」
「痛ってぇっすよ、何するんすか、起こすなら普通に起こしてくださいっす!」
この二人は、いつでもどこでもゲイルさんとガスさんなんだなと笑ってしまう。
「エミリーを起こしてきます」
二人にそう告げて、俺はエミリーが寝ている馬車に向かって歩き出した。
(いつまで寝てるんですかね、エミリーは)
まったく、ゲイルさんもガスさんもエミリーに甘い、甘すぎる。見張りも免除して、そしておまけに馬車の中にある簡易ベッドをエミリー様がお使いくださいとか。
まぁ、16才の女の子だし、こんな草原地帯のど真ん中で寝袋もどうかなと思うし、清拭をして服も着替えたいだろうなとも思うよ。
それはいいよ、それはね。
だが、朝食を作る約束はどうした?
〈明日の朝食は私が作るね♪〉
そう言って颯爽と馬車の中に入っていった姿が目に焼き付けてるよ俺。
ここはガツンっと一発、この俺がエミリーに言わなきゃダメだ。
ゔっ、ゔんっと咳払いをひとつし、馬車の前に立つとエミリーに声をかける。
「おい、エミリー。朝だぞ、起きろ。朝食作る約束はどうなったんだよ」
「レイン!!」
馬車の中からいつもと違う声色で、俺の名を呼ぶエミリー。
「――っ! こんなところにまでかよ!」
「私、下着姿なの。今は無理! ごめん!」
「分かった!」
♢♢♢
間違いなく魔物だ。
やはり騎士団駐屯地のある方角から、こっち
に向かってくる。
猿の魔物の生き残り……じゃないよな。
上空に1、地上に5。
サムライスキルが探知した敵の総数。
今、俺達が置かれているこの状況を考えるとここで戦うしかない。
二頭の馬は、馬車からかなり離れたところで
草を
昨日みたく、ゲイルさんとガスさんを馬車で遠ざける暇なんてない。
「ゲイルさん! ガスさん! 魔物達がこちらに向かってきます! 馬車のあるところまで、走ってください!」
俺のその言葉を聞いて、二人はお互いに顔を見合わせると次の瞬間、馬車に向かって一目散に走っていく。
白銀の鎧を着ている二人は、ガシャガシャと
音を立てて馬車のところまで来ると、無理だと分かっていても生存本能からなのか、自分の身を守るため、帯剣していた刺突剣をサッと抜き構える。
俺は馬車を背にして、考えていた。
これは俺的にはマズい状況だと実感する。
敵は6。俺のサムライスキルではキツい。
エミリーが戦線に立つまで何とかできるのか
正直自信はない。でも、やるしかない。
「来い、魔王軍!」
♢♢♢
大空を飛ぶ鳥。
その鳥の中で、速さと強さの二つを併せ持つ鳥がいる。
ハヤブサ。
魔物化したハヤブサが信じられない速さで、こちらに向かって飛んで来ていることを、俺達はまだ知らない。
地上の魔物達を嘲笑うかのようにその圧倒的速さで置き去りにすると、俺達を食い殺すべく巨大な両翼を羽ばたかせていた。
ハヤブサの魔物の鋭い眼光が、白い服の人間を捕捉する。
それは紛うことなく俺だった。
♢♢♢
来た!
な、なんだよ……あれが鳥なのかよ……。
あれってもしかして、ハヤブサか?
いくら何でもデカすぎるだろ!
後ろで「「ひぇー!」」と聞き慣れた声の悲鳴が聞こえてくる。
敢えて振り向き、その声の主を確認する必要などない、ゲイルさんとガスさんなのだから。
ハヤブサの魔物が両翼をひと羽ばたきさせ、獲物である俺を目掛けて、一直線に急降下してくる。
ダメだ、殺される。俺は死を覚悟した。
瞬きひとつしただけのほんの一瞬だったのに両翼を大きく広げるハヤブサの魔物、こいつの足の鋭い爪が、もう俺の眼前にあったのだ。
――カリンの言葉が頭に浮かんだ。
1年前のあの日。
俺がサムライスキルを覚醒する時、カリンが言った言葉。
――この刀はあなたを助けてくれるよ。
そして、最後にこう付け加えて言ったんだ。
――誰もあなたを見ることができない――
この時、俺の中で何かが目覚める。
(何だよ? お前は? ハヤブサの魔物か? このオレを殺すつもりなのかよ? オレはまだ死ねないよ。あいつら2人を殺すまで)
サムライスキルの固有スキルが、今また一つ覚醒する。
――抜刀一閃。
♢♢♢
最悪だよ!
最悪のタイミングで魔物が襲ってきたよ。
何で今かな、私は下着姿だよ?
地上の魔物達は大したレベルじゃないけど、
上空の魔物はレベルが異常に高い。
――レインじゃ無理だ。
レインのサムライスキル。
〈聖女の託宣〉だか何だか知らないけれども、所詮はバカ女が託宣した低レベルのスキル。
昨日、私は初めて聖騎士スキルを使い、魔物と戦った。
その直後、一つの固有スキルが覚醒する。
――相手のレベルを把握するスキル。
その時、レインのサムライスキルなるものを把握した私は、心の中で爆笑してしまった。
(あははは、バカ女の託宣したスキルってさ、こんなもんなの? ウケるんだけど! ………でも、安心してね、レイン。私があなたのことを守るから。あなたの身も心もすべて守るのはこの私、エミリー・ファインズだよ)
――来た!
恐ろしい速さで向かってくる上空の魔物。
ゲイルさんとガスさんの悲鳴が馬車の中まで聞こえてきた。
私は黒の祭服を着ると、聖剣と神剣を持って
馬車から飛び出す。
(鎧なんて着てる暇ない! この私がレインを守らなきゃ! 上空の魔物に殺されちゃうよ)
聖剣と神剣を構え、戦闘態勢に入った時に、信じられない光景を目にする。
は? えっ? な、何? ……何よあれ……見えなかった……う、うそ……そ、そんな……そんなバカなこと……あるわけないよ!
昨日の猿の魔物達の動きなんて、止まってるようにゆっくりと見えた私の聖騎士スキルが、
全然反応できないくらい、今のレインの抜刀を捉えることができなかったのだ。
――あまりに速すぎて見ることができない。
レインの抜刀で斬り裂かれたハヤブサの魔物は、断末魔の叫びを上げることさえも許されず真っ二つにされたその巨体がドンッという音と共に地面に落ちる。
大量の返り血を白いマントに浴びたレインを
見て、私の膝がカクカク震えてしまう。
――森沢亮次?
血染めの白いマントを纏ってるレインを見て
私はそう思ってしまった。
その場で呆然と立ち尽くしていた時、私の名を呼ぶ声で我に返る。
「エミリー、地上の魔物達が来るぞ! 昨日のお前の言葉をはっきり覚えてるからな。絶対にゲイルさんとガスさんの二人を守るんだろ? 俺にそれを証明してくれよな」
そ、そうだ、今は森沢亮次のことを考えてる
場合じゃない。
「う、うん。私が二人を守るから! レイン、見ててね! 私を!」
地上の魔物達、狼の魔物が5匹群れをなして
襲いかかってきたけど、私が聖剣と神剣で瞬殺
する。
晴れた気持ちのいい朝だけど、私の気持ちは晴れていない。
――イヤな予感がする。
レイン・アッシュが前世の森沢亮次の記憶に目覚めつつあるのではないかと。
私は神に祈る。
そんな日が永遠に来ないようにと。
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