第10話 最優先

 丘の上にそびえ立つ大聖堂。


 その大聖堂の前に、私とレインは二人並んで立っている。


 今、私の胸に去来するものは、二つの感情。  


 ――郷愁感と嫌悪感。


 玉木奏と森沢亮次が、新婚旅行で訪れた欧州スペイン。


 教会総本山にある大聖堂は、スペインにある

サンタ・エウラリア大聖堂そのものに見えた。


 玉木奏と森沢亮次は、とても幸せそうに二人でサンタ・エウラリア大聖堂の前で記念写真を

撮っていた。


 幸せの絶頂にいる二人。


 このまま二人で苦楽を共にし、死がふたりを分かつまで、ずっとずっと一緒にいると信じて疑わなかったはず。


 それなのに……それなのに……玉木奏は……このクソ女が! お前なんて死んで当然だよ。私が森沢亮次の代わりにお前を八つ裂きにして殺してやりたいよ。


 私の横で大聖堂を眺めているレインは、何を思っているのだろう。私はそのことをレインに聞く勇気はなかった。


「エミリー様、レイン殿」


 私達の名を呼ぶ声で、私はハッとして現実に引き戻される。


 ゲイルさんとガスさんが、手を振りながら、駆け寄ってくるのが見えた。


「お待たせしてしまって、申し訳ありません。これから教皇の間にご案内致します」


 私とレインは、お互いに目を合わせて頷く。


「はい、よろしくお願いします」


 教皇様とお会いするのは、村の教会の時以来になるけど、とても親しみやすい笑顔をなさり物腰も柔らかく言葉使いも丁寧で、好印象しか持ち合わせていない。


「それでは、参りましょうか」


 ゲイルさんがその言葉を発したと同時くらいに別の声が被さるようにして聞こえてくる。


「わたしの約束が最優先だよ」


 私を含めその場にいた全員がゲイルさんではなく、別の声を発した人物に目を向けた。


「レイン、久しぶりだね! じゃ行こっか」


 そこには、この世のものとは思えないくらいの美少女がにっこり笑って立っていた。


 この人が聖女様だ。


 会ったこともないし、見たこともない。でも

私は直感でそう感じたのだ。いや、誰が見てもそう感じるのかもしれない。


「カ、カリン様……あの……これからお二人は教皇様と……お会いすることになっておりますので……えーーと……お約束は別の機会で……お、お、お願いできますでしょうか?」


「そ、そ、そ、そういうことっす」


 ゲイルさんとガスさんの言葉を聞いた聖女様は、眉をひそめ、あからさまに不満顔になる。


「うっさい黙れ、エセ二枚目野郎が!」


「はいっす」


 聖女様の一喝に縮み上がっているガスさんに気を取られていた一瞬、聖女様はいつの間にか

聖杖を手にしていた。


「ねぇ、ゲイル。わたしの伝言一字一句間違えないでレインに言ったの? 何て言ったのかさちょっと言ってみてくれる?」


「”すぐ大湖に行くからね♪“と一字一句間違いなくお伝えしました……」


 どうしてこんな状況で声色を真似するかなぁと私は横にいて呆れてしまう。


「わたしに全然似てないけど、間違って伝えてはないね。すぐとは、すぐなんだから、最優先なんだよね。わ・た・しがね」


 聖杖の先端にある魔法石がキラッと光り輝くと聖女様の体に異様な冷気が纏い出す。


(あっ、これダメだよ、シャレにならない)


 聖騎士スキルが危険を察知したのか、木箱に入れていた聖剣と神剣がガタガタ揺れている。


 真横にいるレインを見ると……特に何の警戒もしてない感じで、ただ呆れ顔をして聖女様を見ていただけだった。


「おやめなさい、カリン。いくら何でも冗談が過ぎますよ。ゲイルとガスの二人は教皇である私の言いつけに従っただけですからね」


 大聖堂の重厚な扉口の前には、笑顔の教皇様と顔を真っ赤にしてプルプル震えている男性が立っていた。


「カリン〜! 神聖な大聖堂の前で何たることをしてるのですか! すぐにやめなさい!」


「フン」


 聖女様は一度鼻を鳴らすと魔法を解いたのか

冷気がふぁっと消え去る。


「わたしのほうが最優先なのは、教皇様だって分かるはずだよね?」


 数秒間、聖女様と教皇様は無言でジッと視線を合わせていたけど、教皇様が根負けしたかのように笑いながら言う。


「カリンが最優先で構いませんよ」


「だよね! さっすが教皇様分かってるぅ」


 満面の笑みを浮かべて喜ぶ聖女様は、すぐにレインに駆け寄り「行っくよ〜!」の掛け声を出すと瞬く間にレインと聖女様の二人はこの場から跡形もなく、消えてしまった。


「えっ、レイン?」


 私はその場でマヌケな顔して立ち尽くすことしかできなかったのだった。


 















 

















 


 


 


 


 



 

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