第9話 大聖堂

 あの<悪夢の夕刻>は、大陸全土に映し出され

命ある多くの人々が、その惨状を見ることになった。

 

 そして、人々は絶望する。もう終わりだと。

 

 しかし、人々はまだ知らない。

  

 希望の光が存在していること。

 

 聖騎士エミリー・ファインズがいることを。


♢♢♢

 

 私達は話し合いの末、一刻も早く教会総本山に向かうべきだとの結論に達し、旅路を急ぐ。


 教会総本山到着までの残りの行程は、一週間の予定だったけど、三日間で到着という強行軍を敢行することにした。


 泊まる予定であった宿屋に着くと、食料調達と馬車を引くための馬を交換して、すぐに出発を繰り返す。


 その甲斐あって、私達の予定した行程よりも早く目的地である教会総本山に到着することができたのだった。


♢♢♢


 教会総本山のある大陸最東端。


 玉木奏の記憶を借りるならば、まさしく中世ヨーロッパの街並み。


 魔王軍の侵攻なんて、ここには関係ないかのような雰囲気だった。


 でも、現実は違うのだ。


 ここにも、あの<悪夢の夕刻>は映し出されたはずだから。


「いや〜、やっと我が街に帰ってきたっすね。そうだ、エミリー様。良かったら俺がこの街を案内しますんで」


「てめぇマジで殺すぞ、ガス! エミリー様、大変お疲れだと思いますが、このまま大聖堂に向かいます」


「はい、私は全然問題ないです」


「ありがとうございます、エミリー様。おい、ガス。大聖堂へ行け」


「はーい、分かったっすよ」


 ガスさんもゲイルさんも気持ち声が弾んでるような気がする。


 私とレインを無事にここまで案内できたのもあるんだろうけど、やはり自分達の街に帰ってきた喜びがあるんだなと思った。


 そんなことより、私が気になるのはレイン。


 この街に入ってから、特に元気がないように

思えてならない。


「レイン、どうしたの? 大丈夫?」


「えっ? いや別に大丈夫だよ。この街並みに圧倒されちゃってな。ははは」


 嘘だ。


 レインが嘘つく時の癖がモロに出てるもん。


 目線を右に二回見る。


(なんだろ? めちゃくちゃ怪しい)


 私が横目でレインを観察していた時、ゲイルさんがレインの隣に座り話しかけた。


 別に話しかけるのは珍しいことではないけどその内容が私的には面白くないことだった。


「レイン殿。少しばかりお時間よろしいかな。実は聖女カリン様より伝言を承っております。今からお伝えしたいと思います」


 私は、ゲイルさんのその言葉に体が少しだけピクッと動いただけだけど、レインはビクッと体が浮いたのを私は見逃さない。


「い、今ですか? 後でお願いします」


「カリン様から、“大聖堂に着く間際にだよ”と承っておりますので」


「……分かりました……聞きます」


「そうですか! ゴホンッ……では」


 お役目を果たせることができて嬉しそうな顔をしてるゲイルさん。


 対照的に苦虫を噛み潰したような顔をしてるレイン。


「すぐ大湖に行くからね♪」と声色を真似てるのか、とても気持ち悪いゲイルさんに吐き気を催してしまった私。


「以上です」そう言うと満足げな顔したゲイルさんは、またガスさんの隣の席に戻っていく。


 聖女カリン。


〈聖女の託宣〉で、レインにサムライスキルを覚醒させた人。


 きっと、大聖堂でその人と会うことになる。


 どんな人なのか、とても気になる女だ。


「ねぇ、レイン。聖女様と大湖で何するの?」


 大湖は、信じられないくらい大きい湖と学校の地理の授業で習っていたけど、私はもちろんレインも実物なんて見たことないはず。


 そんな大湖でレインと聖女カリンは何かするらしいのだ。


 気になるに決まってる。


「話すと長くなるから、また今度な」


 そっけなく答えると、すぐに顔を横に向けるレイン。


 「そか」


 ちゃんと答えてくれないレインに腹が立ち、

私もそっけなく答え、顔を横に向けた。


 しばしの沈黙が私とレインの間に流れた。


 …………。


 何とも言えない気まずい沈黙を破ったのは、私でもレインでもなく、ガスさんだった。


「大聖堂が見えて来ましたっすよ、エミリー様にレイン殿」


 私もレインもそのガスさんの声に反応して、お互いに目を合わせる。


 ――大聖堂。


 教会総本山の象徴的建物にして、これからは

対魔王軍の本部の役割をすることになるのだ。


 私達はすぐに窓を開け、身を乗り出すように

それを見た。


「凄いな。あれが対魔王軍本部になるのか」


「うん、レインは高いところ苦手じゃない?」


「俺は、あんな天辺に行く気はないよ」


「私は、行くよ」


 気まずい沈黙なんかなかったかのように、私とレインは、お互いを見つめ笑い合って話していたのだった。


♢♢♢


 白銀の美しく長い髪を靡かせ、白いローブを身に纏う少女が、大聖堂最上階の窓から待ち人が乗る馬車を見つけて歓喜の声を上げていた。


「待ってたよ、レイン・アッシュ。この世界を救う救世主になる男」


 聖女カリン・リーズはレインを迎えるため、大急ぎで階段を駆け降りていったのであった。

 








 




 


 








 


 


 


 


 






 


 










 













 


 


 




 


 



 


 


 

 


 


 


 


 


 

 

 





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