8.謝罪は不要

 翌日、この日の天気は晴れ

 キースとヨシュアに似た騎士を乗せた馬車が宿屋を出発したのと同時にユリアス達も馬車で皇城に戻った。


 ユリアスは今も見習い従者の姿をしていた、鞄にシルヴァを入れ、自身に気配を消す魔法をかけた。

 城に着き、ジョシュアに案内されてエリスの居る牢屋に向かった。透明になってるかのように、誰もユリアスに気付かない。


 目的地に着き、魔法を解いてエリスに話しかけた。

 ジョシュアとヨシュアに出入り口を見張ってもらってるので話を聞かれる事はない。


 話せる時間は90分、ありがたいくらいだ…


「エリス様…」

「…なによ…笑いに来たの?…ってか、今まで何処に行ってたのよ。チャンスを与えちゃうとか…貴方バカなのね」

「エリス、無駄話をしてる時間は無い。君を今すぐ出してあげる方法を持ってきたんだ」

「エルネスト様…その女を退かしてから言ってください」

「考案者は彼女だ。彼女に協力すれば出してあげる」

「嫌です…」

「関係ないわ。黙って聞きなさい。これは貴方を皇太子妃にさせる唯一の方法なのよ」

「今更何よ!何で貴方に指示されなきゃいけないのよ!ワタシに何かしてほしい時はワタシの言うことを聞く約束でしょ!」

「口には気を付けた方が良いわよ。皇子殿下の前よ」

「あっ!!エ、エルネスト様っ!今のは違います!この女にこう言えって言われたんです!」

「……」


 ボロを出したエリス、エルネストはドン引き…公爵令嬢が王女に命令だなんて…


「ユリアス王女、話を無かった事にしない?こんな恐ろしい人を皇太子妃にと言ってた自分が恥ずかしいよ…」

「こんなの猫の威嚇ですよ?この程度で話を無かった事にするだなんて、皇子殿下は臆病ですね」

「「っ!!」」


 罵倒されても冷静だ、誰かに八つ当たりされるなんてよくある事だった。

 怒ってはいないが、いちいち気にする事では無い。


「もう一度言うわ。これは貴方を皇太子妃にさせる唯一の方法よ」

「だから!」

「うるさい、立場を弁えなさい」

「あがっ!!」


 パチンっと指を鳴らすとエリスは何かに身体を抑えつけられ、呼吸が上手く出来なくなった。


「死にはしないから安心さなさい。今の貴方は聖女でも公爵令嬢でもない、囚人よ。

 囚人から皇太子妃にしてあげるって言ってるのに…自分からチャンスを逃しちゃうの?馬鹿なのは貴方の方だったわね」

「っ!!(な、何なの…この圧は…他とは比べ物にならない魔力の多さと強さ…皇族を…いや、神秘の存在に匹敵する強さだわ…)」

「ユ、ユリアス王女…」


 自分とは桁違いな存在に怯え…震える2人…


「そもそも、私は貴方の言うこと…ちゃんと聞いたわ。皇太子殿下に近付かない、貴方の邪魔をしない、貴方の言う事を守ったわよね?」

「っ!」

「今度は貴方が私の言う事を聞く番じゃない?でも安心して、貴方みたいに条件は付けないわ」

「エリス…王女相手に凄いな…」

「そんな目で見ないでくださいエルネスト様!」


 恥ずかしさのあまり大泣きするエリス、ドン引きするエルネスト…


「どうしよかなぁ~?皇太子妃になれるって言ってるのに、聖女様は私のお願い聞きたくないみたいだから…この話しは無かった事にしようかな」

「えっ!?」

「あぁ…うん、君に任せるよ…僕はもう…エリスが理想の皇太子妃に見えないや…」

「あ…待って…くだ、さい…」


 エルネストは完全に冷めてしまったようだ…あんなに称えていたエリスが…他国の王族に命令してるだなんて…


 交渉決別、そう判断した2人は牢屋を出ようとした。

 エリスは叫びながら行かないでと言ったが…エルネストは出て行ってしまった。出てないユリアスは振り返って彼女を見た。


「これが最後よ。皇太子妃になりたいのなら私に協力しなさい。チャンスを逃したら貴方は罪人として終わる、聖女にも公爵令嬢に戻れないわよ」

「っ!…」

「どうする?」

「……」


 エリスは涙を流し、苦しそうに言った…


「ワ、ワタシは諦めたくないっ!あの人為だけに全てをかけて来たのっ!」

「……」

「協力、するわ!皇太子妃になれるなら、なんだってやるわ!」

「それが聞けて満足よ。皇子殿下、戻ってください」

「……」


 納得してないが戻ってきてくれたエルネスト、ユリアスはエリスに近付いた。


「さて、貴方を皇太子妃にするには、皇太子殿下の心を奪ってる元凶を片付けなきゃいけない」

「…どういう事?」

「殿下の心は私の妹、ユリミアに奪われてるわ。殿下は私の事をミアから聞いてるそうで、交渉条件にもミアを指名していた。

 彼はミアと結婚したかった…ミアが好きみたいなのよ」

「っ!!」

「でもミアをどうにかすれば洗脳が解けるはず。ミアは姿を見せなくても執筆した手紙や贈り物だけでも相手を虜にする…魅了させてしまう恐ろしい影響力を持ってる…」

「なんて…そんな…」

「…洗脳を解く方法は他に無いの?」

「贈り物や手紙を燃やしても無駄かもしれませんね。ミアの魅了という名の洗脳を無効にするには元凶…ミアをどうにかするしか方法が無いでしょう」

「命を奪うしかない?」

「それも無意味かもしれません…一番良いのはミアの魅了自体を無効にし、ミアを神秘の存在の力で封印するとかでしょうね」

『もしかして…クレイさまが言ってた黒い蝶々は…』

「多分、魔族じゃなくて…魔物ね…。黒い蝶について何か知ってますか?」

「「黒い蝶?」」


 目標が定まった今、今度は洗脳を解く方法を見つけなくてはいけない。鍵なのはミアに接触した黒い蝶だ。


 2人は悩みながらも…口を開いた。


「…えっと、聖書を読んだ時…それらしき文章を読んだ事があります。

 蝶々なのかはわかりませんが…黒きモノは悪しき力を与えるとか…悪いことを引き寄せるとか…」

「あぁ、それと似たもので一般常識とされてるモノもあったな。

 魔物は魔族と違い自我を持ってないが、自我と力を宿す事で凶暴な魔物になる。これは世界を困らせてる問題にもなってる。

 逆に魔族は生まれながらに自我と力を宿していて、別の人種になるから魔族と魔物は普通に敵対するそうだよ。

 魔族は基本人間嫌いだから、人間に悪しき力を与えて問題を起こすとかはしない。

 むしろ、問題を起こすのは自我と力を持つ凶暴化した魔物だね」


「それだと合点が付きますね…ってことは…」

「エリス様の神聖力ならミアの魅了を無効化出来るでしょう」

「それか神秘の存在の力かだね、君の力も効くはずだ」

「……(確かにクレイ様は言ってたわ。神秘の存在と悪しき存在は弱点同士って)


 魔族は悪しき存在ではない、人間とは別の人種だ。獣人や竜人と同じ扱いだ。魔族に向かって悪しき存在は禁句だ。絶対に言ってはいけない。


 多分…ミアに対応出来るのは自分だけだ。

 エリスの力では防御か弱体化しか出来ない…。


 確かにミアの性格は最悪だ。しかし敵はミアでもミアの中にある悪しき存在…魔物の力…


 そしてミアに悪しき力を与えた魔物が真の黒幕だ。


 ミアの命を奪っても魔物を始末しないと意味がない。


 やっとわかった…ミアは悪魔でもユリアスに嫌がらせをしたいが為だけに大問題を起こしてる。


 そして…ブーストをかけるように魔物の力が発動してる…。


 ミアはあくまでも…その魔物にとって捨て駒なのだ。

 遊び感覚で黒い蝶とミアを接触させ…世間を困らせる大事を起こしてる。

 魔物が与えたのは…凄まじい影響力を持つ【魅了】だろう。


 神秘の存在の祝福を持つ者には無効だ…しかしアルベリクは洗脳にかかってしまった。

 エルネストはずっとエリスを称えていたから洗脳にかからなかったのだろう。

 最低限の祝福…エンブレアスの血と力だけではミアの洗脳は完全には防げない…


 そして更にわかった事もある。

 ミアの洗脳(魅了)は【人間】にしか効いてないのだ。

 確かにフィリスタル王国の周りは人間の国しかない。人間しかいないから魅了が効きすぎているのだ。


 でも神秘の存在には効かない…竜脈のドラゴン、エルフ、精霊達には効かないのだろう。


 エルネストとの視察でも、平原の里の民の一部はミアの洗脳を少し受けていたが、領主をはじめとしたエルフ達は洗脳(魅了)を受けていなかったのが何よりの証拠だ。


「…ミアを対処しても元凶の魔物を始末しないと解決しない…」

「魔物を倒さなくても、ユリミア王女の洗脳を封じ込めれば事は解決すると思うよ…」

「そ、そうですよ…元凶もどこに居るのかわからない今、優先するべきなのはユリミア王女様の魅了?を封じる事です。ワタシ、出来るかわかりませんが…やってみます。アルベリク様の目を覚ましてみせます!」

「その意気よエリス様、そうと決まったら…作戦を練るためにも貴方を出さなきゃね…」


 彼女の釈放はエルネストが何とかしてくれるそうだ。ここは皇族に任せよう


 エリスの名誉撤回の為にもミアの魅了を無効化しなくては!

 立ち上がってでようとした時、エリスは恐る恐る口を開いた。


「あの…ユリアス王女…様…」

「何?」

「これまでの無礼…大変申し訳ございませんでした…」

「……」

「…謝罪は不要よ。口よりも行動で示してちょうだい」

「っ!ありがとうございます!…精一杯やらせていただきますっ!」

「……エリス…僕はまだ許した訳じゃないから…態度と行動には気を付けるんだ」

「はい」


 もうエリスの心にはアルベリクへの憎悪は無かった。

 同じ目的の為に戦う仲間だ、今はミアの力を封印するだけで良い…元凶の魔物を見つけるのはその後だ…。


 絶対に戦争も問題も起こさせない…絶対に…


「(ミア、貴方の好きにはさせないわ…何もかも上手く行くと思ったら大間違いだから!)」



 新たな仲間を得たユリアス、いまだに王女が行方不明になってるが…まだ戻る気は無い。

 事が終わるまでエルネストの見習い従者だ…



 …ユリアスの頭と心にはアルベリクを気にかける気持ちは一切無かった。

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