第26話

「姫」




直義様がじっと私を見つめている。



え?と思って、瞳だけで訴えるけれど、直義様の向こうに見えた光景に、ここだ、と思う。





隣は山。


切り立った、高い崖。


登ろうと思っても、無理。





その奥に、小さな離れがある。




苔むした、板葺きの屋根のぼろぼろな小さな家。



壁が土で塗り固められているところを見ると、普通のどこにでもあるような小さな庶民の家。





ただ、帝の皇子、があるべきところでないことはよくわかる。






よい、と言う彼の声を思い出す。



屋根があるだけマシだ、と、きっと彼は笑って言うだろう。




そういう、人。






「・・・ありがとうございます」





直義様や、ご住職、八束さん宗忠さんに向かって、にこりと微笑んだ。





私も思うわ。



屋根があるだけマシね、って。






直義様が一度頷いて、戸の前に立つ。


閂を外してその戸の奥に向かって声を上げる。





「大塔宮様。足利直義でございます。ご寵姫様の雛鶴姫様が鎌倉にお越しになりましたのでお連れ致しました」






直義様が戸を開けようとした時に、先に中から開いた。




勢いよく。




それを見て、瞬時に怒っているわね、と思う。



思うけれど同時に泣きだしそうになる。




開いた戸の向こう。



銀色の風が駆け抜ける。






会いたかった、と思って。



どうしても、もう一度会いたかった、と。







「帰れっっ!!!!」








彼は開口一番にそう叫んだ。



余りに驚いたのか、皆が息を呑む音がした。



酷い言い草、と思って一瞬あきれ返るけれど、それが私を想ってくれているからゆえだって知っている。




大事に、想ってくれているからだって。






「イヤ!!」




「なぜ来たのだ!!!ここがどこだかわかっているのか!!!」






ずかずかと足を前に出して、傍に立つ。


怒っている彼に向かって口を開く。





「知っているわよ!!鎌倉でしょ?!敵陣の真っ只中?!それがどうしたって言うのよ!!」





それが、何だって言うのか。



彼は一瞬驚いた顔をしたけれど、すぐにまた怒った顔に戻る。




ここで引いては駄目だと思っているのかしら。




私の言葉に負けては、駄目だと。

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