鍵を握る者

第32話

額にじわりと汗が滲む。



蝉の声が煩わしい。





梅雨は明けたのか、梅雨の中休みなのかよくわからないけれど、焼けるような熱さが世界に満ちている。




また、夏が来た。



夏は嫌いだ。






あの日の鎌倉は夏。




白い鳥居の前で、俺の人生が狂い出したのは、夏。






無条件に思い出してしまうから。



そっと目を閉じて、蝉の声に溺れれば、簡単に現代が蘇る。




あの日の鎌倉が蘇る。





体感温度は何も変わらないのに、根本的なものは何も変わっていないと思うのに、



瞳を開ければこんなにも違う。





真逆。





ゆらゆらと陽炎の揺れる山道を、馬上から見つめる。




項垂れた首筋にも汗がつうと、伝っていくのがわかる。





残酷だな。






こんな場所で一人で生きていかなければいけなくなったこの運命を、残酷だと言わずして何と言うのか。





木陰の間から差し込む金色の光が、眩い。



じりじりと網膜を焼くから、痛みで瞳を開けることができない。




そんな中で、何とかその痛みから気を紛らわそうとして呟いた。






「・・・播磨まであともうすぐだね。」






はりま。



現代の兵庫県南西部。



姫路市付近のこと。




もちろんのことだけれど、この時代、姫路城なんて存在しない。





「ああ。長かった。」





まだ俺を不審がって、目を離さないようにして見張っている名和長年は、疲れたように言った。





後醍醐天皇は、日本海側に面した伯耆の国――鳥取県から、


わざわざ険しい中国山地を南に抜けて、兵庫県のほうへ抜ける道を選んだ。





伯耆の国から、日本海側を通って行けば、京都はすぐ傍だけれど。






「この道を選んだのは、誰?」






尋ねると、長年は俺をじっと訝しげに見つめる。





「おぬし、未来が見えるのだろう?それくらい知っているのではないか?」





試すように落とした言葉に、対抗するような気力もない。




暑さで、余計な労力を使いたくない。

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