第31話

「主上の諱ですら、私は知っております。」







はっと、後醍醐帝は目を見張る。



その諱ですら。






帝であるこの目の前の人の諱など、簡単に知ることのできるものではない。





「な・・・。」





明らかに狼狽した姿をこの瞳に映して、ほくそ笑む。



最早、この手の内に落ちたも同然。





「申し上げても、よろしいですか?」




「ま、待て・・・。」




後醍醐帝は慌てて俺を制する。




辺りを見回して、他に誰か聞いている人間がいないかどうか確かめる。




それほど、諱と言うものは重要。





知っているのは親や主君位。



俺みたいなやつが、知っているようなものではない。






「い、言ってみろ。」





その深紫が濃くなる。



後醍醐帝は、その耳を俺に傾けてきた。






それを見て、笑いながらそっと耳打ちする。







後醍醐帝は、転がるように俺から耳を離した。







「・・・主上。私は主上のお役に立てると思います。」






がたがたと震える帝を見下ろすように見つめて、嘲笑う。






後醍醐帝の諱は、たかはる。




尊治。




尊く治める者だなんて、ね。







「・・・大和、と申したな・・・。」



「はい。」






「私の傍に居れ。」








「・・・はい。」






深く、深く笑った。



その深紫が滲むくらいに。




じわりと、その胸の内を食い荒らす。





俺の存在が、後醍醐天皇を、侵食していく。





名前と言うものは本当に恐ろしいものだと、心の底から思って、笑った。

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