第30話

「主上の理想の治世、この私がお手伝いいたしましょう。」






丁寧に落とした言葉に、御簾が跳ね上がる。



乱雑な足音と共に、目に飛び込んできたのは、深い紫。




深紫。





後醍醐天皇の着ていた、直衣の色が深紫。






「私は、全てが欲しい。わかっておるのか?」






全てが。



それは俺も同じ。






「ええ。それが私の仕事。必ずやその御手に、望んだものを全て掴むようにお手伝いいたします。」






その姿をじっと見つめて薄く笑う。



現代に伝わる肖像画に、似ていると言えば似ている。





特徴は抑えているだろう。



恰幅のいい体に、厚ぼったい一重の瞳。





帝しか着ることのできない、絶対禁色の深紫を纏ったその姿は、『帝』そのもの。






後醍醐天皇をだまして、その懐深く潜り込む。



高氏と同じように、俺がいなければままならなくしてやる。






「どうぞ、私をお召しに。」







自分から、ひれ伏す。






「しゅ、主上、恐れながら申し上げます!!簡単にこの者が言うことを鵜呑みにしてはなりませぬ!このような、胡散臭い者・・・。」





「確かにそうかもしれませぬ。しかし私は主上の命に値することも知っております。」






そう言った瞬間に、緊張の糸が張り巡らされる。



びりびりと、肌を震わせる。






「・・・どういうことだ?」






後醍醐帝は、淡々と言葉を落とす。



動揺していないように振る舞っているけれど、内心恐ろしく思っているのかもしれない。





ふっと笑った。



音もなく。






「名和殿は、お席を外していただきたい。」



「なっ!!なりませぬ!!」






「よい、この状態では何も出来ぬだろう。長年、引け。」







芋虫状態の俺は。



やろうと思えば、その首に噛みついて、頸動脈を食いちぎること位、できそうなのに。





名和長年は、絶句したらしく、何も言わずに、部屋を後にする。



けれど、すぐ次の間に控えていることは俺もわかっているから、小さく俺と後醍醐帝にしか聞こえない声で呟いた。

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