第29話

「か、かかれっ!!」






銀色の刀で突然襲い掛かった男は、その狼に簡単に刀を受け止められたのを見て、そう叫んだ。





その瞬間、店中が震える。





緊張感と、切迫感に肌がびりびりと焼かれる。



心臓がぎゅっと収縮して、ただその光景を目に映す。






足が嘘みたいに動かない。






どこへ行ったらいいかもわからないし、まるで足の裏に根が生えたように地面に縫いつけられる。



ただ、視覚だけ異様に過敏になる。



ぎょろぎょろと、目だけでその動向を追う。






「お前、どきなよ!邪魔だっ!」






真白と呼ばれたあの女顔は、俺を突き飛ばしてそう言った。



その衝撃で、壁際へ追いやられて正気を取り戻す。






みんな刀を抜いている。






差し込む光が、その銀の身に反射してまぶしい。






女顔と狼の仲間は5人位だ。


店内にいた、残りの15人ほどの人間は全員グルみたいで彼らに襲いかかっている。






「お前も仲間か!!」







汗が、頬を伝って散る。





嘘だろ。



その銀が揺らめきながら俺に向かって振り下ろされたのを、ただ目で追う。





まさかこんなところで巻き込まれるなんて!!






そう思った瞬間、鉄と鉄のぶつかる衝撃音が鼓膜を震わせた。







「ぼうっとしておるな!!逃げろ!!」







狼はそう叫んだ。


俺をかばって、その剣を受けている。





その声が、合図。





傍にあった湯呑を投げつける。


うまいこと頭に当たって、そいつは倒れた。





くそ。



こんなとこで逃げられるか。






ここで逃げたら、きっとあの女顔にバカにされる。






意地だってわかってる。


耳元で心臓が鳴る。




戸を閉めるための突っ張り棒のようなものが壁に立てかけてあって、それを掴む。








腰を落として構えた瞬間、嘘みたいに心が静まった。








太一兄ちゃんと、姉ちゃんと、共に習った。



姉ちゃんも剣道部。


俺も剣道部。





中学の時は共に。






でも相手は刀だ。



一撃で決めないと、こんな棒は簡単に切られるだろう。

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