第6話

「大丈夫です。あの方が楠木正成であることはどなたも存じ上げませぬ。ただの商人の正吉。」





偽名を。





誰にでも成れるし、


誰にも成れない。






あの人にはきっと別の名を名乗った瞬間、別の人生があるんだろう。






まるで俳優さんのよう。






そんなことしてたら、あの人は確実に後世には謎の人物として伝わってしまうと思う。



もう私には確認するすべはないけれど。





「さて、貴女はどなたでございます?その名も偽名でございましょう?」






にっこり笑った。





はっとして息を飲む。


もしや、正成さん何も言っていないのかしら。





「殿からは、旅の道中で拾った女子と聞きましたが、どうもおかしい。」




「え?・・・え?」




や、やっぱり楠木さん誰にも言ってないんだわ!


私が『雛鶴』だって!



信頼する家臣の一人にだって、言ってないんだ!





戸惑っていると、その大きな手が私の左手を取り、空いた手がそっと腰に回る。




ちょっとちょっと何この展開!


主人がいなくなった途端これ?!!



ち、近いってば!!



何とかその腕を振りほどこうとするのに、力が強すぎでダメ。




な、なんでこの時代の男の人ってこんなに見境いないのよっ!!!





そのカーキ色の瞳に捕らわれて、一歩も動けなくなる。





ヤバイと思って、心臓がぎゅっと収縮した。

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