第4話

「殿。」




緑の中から声がする。




はっとして、先を行く楠木さんを見るが、楠木さんはさっさと岩間を行く。




思わずあたりをきょろきょろと見回したが、その姿を捕えることができない。




「ま、待って!」




緑の中の人は楠木さんを『殿』と呼んだから味方だと思うけれど、楠木さんの名を呼んでいいかわからなかったから、ただそう言う。



けれど楠木さんは気付かないのかさっさと先に行く。





戸惑っていると、緑の影が動いた。




あ、と思った瞬間、足音がすぐ隣りからした。






「大事ないです。お気になさらず。」






その言葉だけ耳元に置いて、その人はまばたきした瞬間に消えた。


私の隣りからあっという間に、楠木さんの隣りにいたのだ。





楠木さんは足を止める。



そして、数メートル後ろで驚いた顔をしていた私を見て、その人に何やら合図する。






「月子。俺の家臣の一人だ。」



「東湖と申します。」





そう言って、その人は笑った。


思わず息を飲む。





乱雑に束ねられた薄いカーキ色の髪が揺れる。


その狭間から射られる、髪と同じ色の眼光に、その場に縫いつけられる。






彼が狼ならば、この人は鹿。







雪原の上をただ一人歩く、しなやかな鹿。


その佇まいが、美しい男の人。





とうこ。





それが本名でないことはすぐにわかった。






「つ、月子です。よろしくお願いします。」



自分の笑顔が、引きつっている。




怖いと思ってしまうのは、その薄いカーキの瞳が容赦なく射抜いてくるからかしら。

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