第8話

「お~い。悪かったね」




聞きなれたゆるい声が、突然前からぶつかった。





「パパあ!」



「父ちゃん!」





夕と頼人が駆け出して行く。


へらへらと笑ったお父さんに、一気に脱力する。





横断歩道の向こうにある大きな鳥居の前で、私たちはお父さんと合流した。





「お父さんこれ。資料」



「千鶴子!本当に悪かったね!!これで父さん、首がつながったよ!」




大げさに喜んで、お父さんは大事そうに資料を抱えた。


そんなに大事ならば資料を抱いて寝ればいいのに。




「首なんか落ちちゃえばいいのにな」





ぼそりと大和がつぶやいたのを目ざとく聞いて、お父さんは叫んだ。





「大和!父さんが無職になったら一家全員路頭に迷うぞ!」




「父さんがいなくても何とかなるよ。それよりもちづ姉がいなくなったら路頭に迷うよ」




その言葉に笑ったけれど、洒落にならないなと思ってひやりとする。






「それは確かにそうだな・・・千鶴子がいなくなったら・・・」



「いなくならないから安心してよ。それより、ご飯食べたいよ」




「何を食べようか?こっちに美味しい和食屋さんがあるんだ。少し歩くけれど散策しながら行こうか」





お父さんは夕を抱きかかえながら、鶴岡八幡宮の中へ入って行く。





夕はもうぐすることはしない。





お父さんがいなくなっても十分困るな。



私でもあんなに簡単にあやすことは難しい。

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