第31話

「吉野の送りだけど乗ってく?」


「ううん、歩く」


「帰り遅いなら車呼べよ」


「はあい。コウくんも行ってらっしゃい」


「行ってきます」




私の視線に気づかなかったらしいコウくんは、靴を履いて玄関から出て行った。気づかれなくてよかった、という安堵が私の鼓動を速くする。




――――…無駄に、恰好いいんだから。




スマホで時計をチェックすると、もう家を出なければいけない時間で。見送りに来てくれた朝子さんと樹理ちゃんに挨拶をし、家を出た。




青々とした芝は、どこか清々しい晩夏の朝を彩る。

太陽の光が、全てを包み込むように照りつけて。




いつも計ったように丁度いいタイミングで開く何メートルもの高さのある門をくぐり、私はお城のような第二邸から現実の世界に飛び出した。




8年経ったから、少しはこの"お金持ち"の生活にも慣れたけれど。



桐谷本家の直系の子孫だとは言っても、私は生まれたときから庶民。最初はこの生活に全く馴染めなかった。




大人が私に敬語で話しかけてくるのも嫌だったし、自分で何もしなくていいという生活に恐怖を感じた。




居場所が欲しかった。

自分の役割が欲しかった。




おばあちゃんがいなくなって、私という存在を支える人がいなくなって。



不安な私を助けてくれたのは、王子様のように現れたコウくんだったけれど。





――――…でもコウくんは、王子様のくせに、私がいちばん欲しいものだけはくれない。

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