第31話
「吉野の送りだけど乗ってく?」
「ううん、歩く」
「帰り遅いなら車呼べよ」
「はあい。コウくんも行ってらっしゃい」
「行ってきます」
私の視線に気づかなかったらしいコウくんは、靴を履いて玄関から出て行った。気づかれなくてよかった、という安堵が私の鼓動を速くする。
――――…無駄に、恰好いいんだから。
スマホで時計をチェックすると、もう家を出なければいけない時間で。見送りに来てくれた朝子さんと樹理ちゃんに挨拶をし、家を出た。
青々とした芝は、どこか清々しい晩夏の朝を彩る。
太陽の光が、全てを包み込むように照りつけて。
いつも計ったように丁度いいタイミングで開く何メートルもの高さのある門をくぐり、私はお城のような第二邸から現実の世界に飛び出した。
8年経ったから、少しはこの"お金持ち"の生活にも慣れたけれど。
桐谷本家の直系の子孫だとは言っても、私は生まれたときから庶民。最初はこの生活に全く馴染めなかった。
大人が私に敬語で話しかけてくるのも嫌だったし、自分で何もしなくていいという生活に恐怖を感じた。
居場所が欲しかった。
自分の役割が欲しかった。
おばあちゃんがいなくなって、私という存在を支える人がいなくなって。
不安な私を助けてくれたのは、王子様のように現れたコウくんだったけれど。
――――…でもコウくんは、王子様のくせに、私がいちばん欲しいものだけはくれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます