第8話 文化祭準備⑶

「やぁ、檜山さん」

「…どうしてここに?」

「聞いてなかったのか…。交換条件付きで、俺のクラスの劇の衣装を作ってもらうことになったんだ。被服部の人達に」

 結構騒いでたと思ってたんだけどな。それほどの集中力だったってことか。

「でもそっか。檜山さん被服部だったんだね。もしかしてしろはのメイド服を作ったのも?」

「はい、私ですが」

「やっぱり。ありがとね、しろは、喜んでたよ」

「そうですか」

 …何だか、会話が長続きしない。なんというか、転校したての春宮を思い出すような、そんな淡々とした、落ち着いた話し方だ。目も合わせず、黙々と作業を続けていて、こちらに目も合わさないという点においては、春宮よりも酷いかもしれない。彼女は、話すことはおろか、何か言いたげな目で見つめ、何も言ってこなかったことはあったが、話している時は俺の目を真っ直ぐに見ていた。

 でも、今朝よりはマシだ。

「檜山さん、今なら話せる?今朝話せなかったこと」

「…はい。あなたに相談したいのは、兄のことです」

 兄…、檜山裕二のことだろう。あぁ、あいつならなにか困らせてそうだ。何せ、アホだから。学校では話しかけるななんて言われてる始末だし。

「兄は、家では笑いません」

「…は?」

 俺の中の檜山のイメージが、少しぶれる。いや、檜山ってあれだろ!?本人も言ってた、この子が妹だって。ならば、人違いではない。だからこそ、檜山のイメージとはかけ離れすぎている。

「中学の頃は、兄はどちらかと言うと、貴方のような人でした。その…く…、少し落ち着いた感じの人だったのです。」

 今暗いって言いかけたよな、この子。

「そして、成績はとても優秀。だから、この高校も推薦で合格したと言っていました」

「推薦!?」

「今の兄からは考えられませんか。それもそのはずです、高校に入り、兄は成績が悪くなりました。親との確執も増え、そんな兄を私はもう見たくないのです。そして四月、私はこの学校に入学しました。それは、この学校が進学校だったからというのもあるんですが、兄にどのような変化があったかが知りたかったからというのも大きかったと思います。そして、驚きました。兄は、クラスでは私に見せたことの無いような笑顔を見せ、笑っていたのです。そして私は、家の兄と学校の兄を比べてしまうため、兄には学校では話しかけないで欲しいと頼んだのです。私は、家の兄だけでいいですから。あんな兄と話していたら、私はきっと、家の兄のイメージと学校の兄のイメージの齟齬で、疲れてしまいますから」

「なるほどね…、高校デビューってやつか」

「まぁ、世間一般では良くあることみたいですね。でも、私には、眩しかったんです。それはもう、とても」

 …正直、檜山に同情していたが、彼女の言い分も分かる。学校での檜山は、彼女にとっては眩しかった。いや、眩しすぎたのだろう。でも、きっとその光は彼女にとってはずっと浴びていたいと思えるほどに心地の良い光だったのだろう。でなければ、こんな言い方しない。でも、彼女一人や家では決してその光は見せない。つまりは、誰かに向けた光をそばで浴びることしか出来ない。それが自分へ向けられたものでは無いということは、彼女が1番分かってしまうだろう。

 だから、せめて自分の前ではできる限り見せないで欲しいと言う意味で話しかけないで欲しいと言ったのだろう。

「なるほどね。で、俺に何をして欲しいの?できることはやるけど」

「…できることなら、家でも、あの性格でいて欲しいです。そして、ちゃんと勉強をして欲しいです。なんて、高望みでしょうか」

「ううん、そんなことない。多分だけどさ、あいつ、俺と同じだから」

「同じって、何がです?」

「それはね…」

 俺は、檜山の言葉を思い出す。あいつは、俺としろはを見て羨ましいと言っていた。つまりは、少なからず妹に甘えて欲しいと、頼って欲しいと思っているのだろう。

「妹のためなら、なんでも出来るってこと」

 目を丸くする檜山さん。そして、クスリと笑った。

「わ、笑うなよ…」

「ごめんなさい、先輩、面白いこと言いますね。少し誤解してました。でも、多分その言葉、不知火さん喜ぶと思いますよ」

「言えないよ、こんな臭いセリフ」

 多分、あいつの事だから飛んで喜ぶと思うけどな。それがわかっていたとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい。

「でも、そうですか。少し話してみますね。ありがとうございます、先輩」

「いいんだよ」

 檜山さんは、今度はニコリと笑う。その笑顔からは、檜山の面影は感じられないものの、眩さは多分、同格だったと思う。

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