第7話 文化祭準備⑵
「で、なんで俺が必要なわけ?」
放課後、俺は那月と部活棟に向かう中、ずっと疑問に思っていたことを質問した。
「ダメ押し用にね。多分私だけで事足りるけど、不知火くん裁縫できるでしょ。春宮さんから聞いた」
「まぁな」
これは先日のこと…。
「シロイヌー」
「ん?どうした春宮」
帰り道、珍しく春宮が俺と一緒に帰らず、何かあったかと思いかけた頃に背後から春宮に声をかけられる。少し安心したが、何やら元気のなさげな声だ。
「破いた…」
「あらら、こりゃまた見事に…」
春宮の手には、長袖の体操ズボンが。ふくらはぎ辺りから袖の部分までバックリと裂けていた。そのまわりには、下手に縫われた裁縫の痕跡があった。そして、何やら春宮は手を気にしている様子だった。なるほどな…。
「春宮」
びくんと春宮が肩を震わせた。とても脅えた目をしている。こいつ、もしかして俺が怒ると思ってるのか?こんなこと自分でやれ、他人に頼むなって。
「頑張ったな。裁縫、教えるよ」
「…ありがと」
「でも、これ裏布当てなきゃだな…。要らない服ひとつ用意してもらっていいか?」
「…ん」
その時のことを春宮は那月に話していたのだろう。自慢げに話している姿が目に浮かぶようだ。
俺たちは一階最奥にある被服部の部室にやってきた。ここは普段、被服室として一般生徒も授業で使う教室だ。正確には、奥にある被服準備室が部室と言えるのかもしれないが。
「お邪魔します」
「えぇ!那月陽菜ちゃん!?」
「うっそ本物!?」
「顔ちっさ!足ほっそ!」
那月が被服室に入るやいなや、那月が被服部女子部員に囲まれ、黄色い歓声が飛び交う。掴みは上々、なんなら決着まである。那月はと言うと、自慢げにしつつも彼女らを嗜め、交渉を始めようとはしている様子だ。
「あ、あのね、ここに来たのは理由があって…」
「はい!なんでしょう?」
「実はね、私たち、文化祭で劇をやることになって、その衣装をあなた達に仕立てて頂きたいの」
すると、さっきまでの盛り上がりは何処へ、一気に全員が黙り込んでしまった。だが、その言葉を待ってたとばかりに那月はニヤリと笑い、「何もただとは言わないわ」と続けた。
「と、言いますと?」
「あなた達、部誌を作っているのよね?そのモデル、私がしてあげる」
『那月陽菜ちゃんがモデル!?』
女子はともかく、先程から那月をチラチラと見ながらも断固として作業を停めなかった男性部員ですらも、思わず手が止まる。
「え!これ以上ないチャンスじゃん!私らの服を那月陽菜ちゃんが着てくれるなんて!頼もうよ!部長!」
「そうだよ!部誌飛ぶようになくなるよ、部長!」
「そ、それでも…」
那月は、部長と呼んだ部員の声を聞き逃さない。「部長さん」と声をかけ、その人まで歩いていく。部長と呼ばれた少女は、蛇に睨まれた蛙のように言葉なく固まってた。
「何か問題でも?あと、貴方が部長で間違いないわね?」
「はい、部長の小森です。あ、あのね、那月さん。私としても、貴方がモデルになってくれるのはとても喜ばしいことなんだけど、流石にクラス全員の衣装作って欲しいってのは…」
「全員ではないわ。十五着よ。それに…」
出番だと言わんばかりに、俺の肩に手を置きながら、交渉を続ける那月。
「こちらの不知火くん、裁縫然り掃除然り出来るわ。この人と私が一時的にこの部活に参加する代わり、皆には劇の衣装を仕立てて貰うってことでいい?」
被服部全体が、ざわめく。言われなくてもわかる。疑惑の目だ。何人かは俺の噂も聞いたのだろう。目つきが悪いと。はぁ、しょうがない、実力を見てもらうことで証明することにしよう。
「この布、借りていいですか!」
「ど、どうぞ」
「ありがとうございます!」
俺は高速でミシンや手縫いを扱い、数十分で可愛らしい服を仕立てた。
「マジだ!」
「即戦力だ!」
口々に賞賛される。あぁ、そうやって認めて貰えると小森の顔は少し複雑そうだ。
「何かある?」
「あ、あの…、サインを頂きたいのです…」
ただのファンだったのか、小森さん。そんな彼女相手にも引かなかったのは、那月よりも部員の負担を気にしていたからに他ならない。素晴らしい人だ、だから部長なのだろうが。
「別にいいわよ」
「ありがとうございます!まずは採寸をしたいんですが、今からでもいいですか?」
「うん、すぐにお願いしたいわ」
「分かりました!みんな、行くよ!」
『ラジャー!』
数人の部員がメジャーを持ち、おそらく教室に向かっていく。そんな中、一回も目もくれずに作業をしている少女がいた。俺はその子を知っている。しろはの友達、檜山佑香さんだ。
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