第64話:魔獣少女は不満があるそうですよ?

「ますたー……私は凄く不満」


「めっちゃ肉頬張りながら言うことじゃないだろ……」


 顔には美味しいと書かれているくらいには満面の笑みで食事を続けるベヒーモス。そんな彼女は、椿さんと共に三割程の料理を食べ尽くしたところで、俺の肩を少し背伸びしてちょんちょんと叩きそう言った。


「むぅ――この美味しいのは別、だけど私の不満は別の所――ますたーは私の事を凄く放置しすぎ――それに職場環境の改善を求む」


 言われる不満はそんなこと、最初の方に関しては俺に非があるが……後半のがよく分からなかったので、とりあえずこう言う事にした。


「俺の魂の中は職場じゃ無いぞ?」


「……じゃあ近隣住民が皆の感情が重いのなんとかして」


「……それは知らん、それに皆そこまで重くないと思うぞ? ソルは知らんけど……リコリスとか基本無関心だろ」


「……――」


「なんだよその此奴マジで言ってんの? みたいな顔」


 まじで絶句しているのか、本気でドン引いた顔をするベヒーモス。

 それを見て俺はリコリスのことを思い出したが、触れ合いを望んでるぐらいだし、やっぱりそこまで重くないと思ってしまう。


「――あれが……軽い? ……ちょっと病院行った方が良い」


「酷くないか? そもそもさっきから妙にこっちの世界を知ってるの何でだよ」


「ダンジョンでこの世界の常識は学んだから」


「すげぇなダンジョン……で、どう変えてほしいんだ?」


 ダンジョンって何だろうとか思いつつ、一応仲間ではあるのである程度の要望は聞こうと思った……下手に反逆されたら困るし、何より此奴は曲がりなりにもバアルの奴に勝っている訳でだし……。


「え、いいんだ――えっと、まずは私との交流を深めるために毎日召喚すること、獣形態じゃないから出来るはず」


「まぁ、お前自身が相当枷掛けてくれてるからな、そこは感謝してるし……他の奴に聞いてなんとかする」


「じゃあ二つめ、お菓子甘いの食べたい」


「一気に変わったな、まあ母さんがお菓子作り趣味だから良いと思うぞ?」


「――三つめ、ちょっとますたーを味見させて」


「待とうか……それはなんでだよ」


 二つ目まではまだ納得できる頼み事、だけど最後の一つは割と許容できない。

 いや、確かに召喚獣の中には血を必要とする奴もいるからたまに吸血される時があるが、ベヒーモスに関しては絶対いらないはずで……。


「駄目だ……流石に負担になる」


「でも、そこの銀髪巨乳の痴女には飲ませてたでしょ? だから気になった」


 そんな会話の最中に、急にラウラに矛先を向けたベヒーモス。

 胃もたれしてるのか少しダウンしているラウラは、突然の口撃に体を弾ませ――そのまま俺等の方に突っかかってきた。


「なっ私は痴女では無い!」


「でも、裸エプロンなんて頭悪い格好しててそれは説得力が無いと思う」


「ッあれは――全部江奈が悪い! 転移石に着替え効果とかふざけたのをつけたあの馬鹿研究者が――」


「まだ手札はある……こっそり見てたけど、貴方はますたーの指から血を吸って興奮してた。ますたーの血にそういう効果があるのかは知らないけど、十分痴女」


「レイマ……擁護を頼む……」


 なんかよりによってかなり面倒くさい奴に見られてたし、何なら今の会話を聞いている皆が興味を示してかこっちを見ている。


「ラウラはいつから、そんな子に?」


「ちょっと擁護できないかも……ねぇ霊真、というかそんなことしてたの?」


 皿に沢山の料理をのせたままこっちに来た椿さんが、そう言って……綾音が少し驚いているのか珍しく表情が変わっている。


「親友……大人になったんだな」


「うわぁ……我が友よ、それは交際の形なのか?」


 どこか達観したように……俺に向かって拍手を送る親友に、顔を赤くして何を想像したか知らないが俺等に質問を投げかけるカイザー。

 わりかしカオスな光景が広がりつつも、このままではラウラに変態の烙印が押されそうなので、かつての仲間の為にも今度こそちゃんと説明することにした。


「あのときは説明出来なかったから、話すんだが……前の話覚えてるか?」


「前って……あぁうろ覚えだが、ミソロジアって異世界で二人が仲間だったと……で、今の霊真自身は平行世界のお前ーってのはなんとなく」


「そ……で、ラウラはミソロジアでは吸血鬼って種族でな……ほら昔の話である血を吸う種族のさ。それで能力として血を摂取すると色々強化されるんだよ」


「……吸血鬼か……なぁラウラ、あまりにも設定が格好良くないか?」


「いまは黙れ五郎、レイマが説明してるだろう」


「……えっと、能力の強化っておりじんばーすと……ってやつでござるか?」


 ラウラの原典解放オリジンバーストは、結構短い間しか使ってないし、会話自体も一瞬だったのによく覚えてるなぁとか思いながらも首を縦に振って肯定し、そのまま会話を続ける。


「それで、ラウラがラウラなら原典は失ってないと思ったし、あの時のルナと戦うにはそれを使わないと勝負にすらならなかっただろうから、ちょっと血をあげた感じだから……一応言うが、そういう趣向で飲ませた訳じゃないぞ」


「――でも、あの顔は明らかに……むぐ、バアル肉を口に詰めないで」

 

 またなんか喋ろうとしたベヒーモスに対して、目にもとまらぬ早業で肉を詰め込んだ完璧執事。やっぱり有能と思いつつ、俺は一旦の説明を終えた。


「そういえばなんだが、何故レイマがこっちの世界に来たのかを聞いてなかったな」


「あーちょうど良いし話すんだが……」


 そこまで言ったのはいいが、どう説明すれば良いかと思った瞬間に――蘇ってしまったのは、異世界の終盤の記憶。徹底的にと常に思い出さないようにしていたそれだが、思い出した瞬間に体が冷えて――上手く言葉が紡げなくなった。

 

 ……異世界の者達の声が、最後の処刑の一瞬の冷たさが――どこまでもフラッシュバックして――心がざわつき、


「はーい……思い出さなくていいよレイマ。ここからの説明は私がするねー」


 気づけば、いつの間にか現れていたメルリの奴が俺を支え……心配する皆の前に立っていた。

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