第35話 日劇に到着

   日劇に到着


 有楽町「日劇裏門搬入口」に軍用トラックが停まる。


村瀬巡査が、

 「着きました。で、この奥に俳優課の受付が有ります。みんな『役者』と云う事で元気よく入って下さいね」


周明氏、

 「ああ、役者ね。ち、ちょっと待ってくれ。何と言って入るんだ?」


村瀬巡査、

 「ああ、そうでしたね。『オハヨウゴザイマス。衣装合わせに来ました』って言って下さい。で、先生は月組マネージャー樋口と云う名前で、すでに川口君から受付に伝わってます」


「私の名前はヒグチだね。で、ほかの方の名前は? 「適当に書いて下さい。ただ・・・」


周明氏、

 「ただ?」


 「ただ、みんな『女の名前』で書いて下さいね。ここから先は女の世界ですから」


周明氏、

 「オンナの世界?」


村瀬巡査、

 「全員、『オ・カ・マ』。入る前に必ず全員に伝えて下さいよ。入ったら川口君が迎えに来ます。早く降りて下さい。この車、目立ちますから」


周明氏、

 「あッ! そうだね」


村瀬巡査、

 「うまくヤッテ下さいよ。あッ、それから本部正門の衛視の次に第二の関門が有ります。ビルの中の受付に『ヘレン』と云う女が居ます。必ず笑顔でウインクをして下さい」


周明氏、

 「ウインク?」


 「片目を瞑るんですよ。こうやってね」


村瀬巡査は周明氏にウインクする。


 「あ~・・・」


 「これも必ず全員に伝えて下さいよ! ここからは先は最前線ですからね」


周明氏は車を降りてトラックのホロを上げる。


 「皆さん、着きました。日劇です!」


首藤氏、

 「着いたか。よ~しッ!」


六人がトラックの荷台から降りて来る。

周明氏が運転席の村瀬巡査に合図する。

軍用トラックが急いで走り去る。

六人が建物を見上げる。

杉浦氏が、


 「懐かしいーッ!」


山田氏は建物に近づき壁に触れる。


 「わ~、ここで、衣裳替え?! 夢みたい」


周明氏が物陰に隠れて六人に、


 「皆さん、ちょっと集まって下さい。注意事項を伝えておきます」


六人が周明氏の周りに集まる。


 「皆さんは、搬入通路の奥の受付に着いたら『オハヨウ御座います。衣裳合わせに来ました』と言って下さい。で、名前は女名(オンナメイ)にして下さい。アナタ達はここから先は女性ですから」


岡田氏が、

 「女性? オレはオンナか。・・・分った。その後は?」


 「中に入ったら川口と云う衣裳の担当が迎えに来ます」


首藤氏、

 「カワグチか。分った。よしッ、行こう!」


 「あッ、もう一度言っておきます」


首藤氏、

 「何だ。早くしろッ!」


周明氏、

 「皆さんは、女性ッ! オ・カ・マですからね。くれぐれも軍人の癖は出さない様にお願いしますね」


六人は驚き、


 「オカマッ!・・・」


 七人が搬入通路を日劇の中に入って行く。

周明氏を先頭に六人が俳優課の受付に並ぶ。

周明氏が受付に、


 「月組マネージャーの樋口勇次です」 


受付の女が、


 「ああ、マネージャーの樋口さんですね。こちらにお名前をお願いします」


女は「本日の出入者名簿」を周明氏の前に差し出す。


 「ここですか?」

 「はい」


周明氏は鉛筆で自分の名前を書きながら、


 「・・・後ろの六人は私の事務所の女優です。衣装合わせです」


女はチラッと覗き、


 「男役ですね」


堀田氏が一歩前え進み、


 「オハヨウゴザイマ~ス。『野島ミサキ』で~す」


受付けの女は気持ち悪そうに、


 「オトコ? 役ですか?」

 「はい」

 「そこにお名前を」

 「ここね」


堀田氏は記名して俳優通路に入って行く。

山田氏が受付の女に薄笑いで敬礼をする。


 「オハヨウ。衣裳合わせよ」


受付の女はエモ言われぬ顔で、


 「オ・ハ・ヨウ・・・御座います」


山田氏は出入者名簿に名前を書く。


 『珠(タマ)いり子』


女は山田氏をジッと見て居る。


 「・・・女性ですか?」

 「もちろんよ~」

 「・・・男役? ですよね」

 「そう。変(ヘン)?」

 「あッ、いえ・・・どうぞ」


山田氏が日劇俳優通路に入って行く。

杉浦氏が受付の女を見て奇妙な女言葉で、


 「オハヨウ。私もオンナよ。衣装合せ」

 「? アナタも男役?」

 「勿論よ~!」


杉浦氏は達筆な字で、『杉浦春子』と書く。


 「杉浦さんは老婆役?」

 「見える?」


女は気持ち悪そうに、


 「え? ンまあ・・・どうぞ」


岡田氏が受付けにそっと顔を出す。


 「オハヨウ。アタシも衣装合わせだ」


女はチラッと岡田氏の動きを見て、


 「え、えッ?・・・どうぞ、ここにお名前を」


次々に俳優通路に入って行く。

最後に首藤氏が、


 「オハヨウ。僕も同じよ」


女が、

 「ボ、ボク? 男性みたいですね。ボクですか・・・。男役ですね・・・名前を書いて下さい」


首藤氏はゆっくりと正確に、『岡目はるか』と書く。

女は呆れた顔をして首藤氏を見る。

首藤氏はオンナッぽく鋭い『流し目』で、


 「何か?」

 「あッ、いえ。達筆ですね。オカメハルカさんですね」

 「そう。問答無用よ。書道の先生役なの」

 「ショドウのセンセイ?」


女は首藤を舐める様に見て、


 「・・・ど、どうぞ」


六人が俳優通路に入った事を確認して、周明氏が最後に一言、


 「ウチの俳優は上方(カミガタ)じゃ有名なんですよ」


女は、

 「あ~あ、そうだったんですか。カミガタでねえ。頑張って下さい」


周明氏は俳優通路に消えて行く。


 七人が俳優通路の奥のピロティーに集って居る。

川口氏が七人を見つけて急いで近寄って来る。


 「アラ~、いらっしゃーい。お待ちしてました。こちらよ」


川口氏は山田氏と同じ「人格」である。

周明氏が川口氏に近寄り、


 「川口さんですね。大川周明と申します。宜しくお願いします」

 「大川さん?! アナタが? 新聞でしか見た事ないけれど・・・良い男じゃない」


周明氏は川口氏に七人の役割表を渡す。

川口氏は歩きながら表を見る。

振り返り、後ろの六人を見て、


 「ウエイトレスってどなた?」


山田氏が軽く右手を上げて、


 「アタシ。ヨロシク」

 「あら~。アナタが山田さん? ビルマでお会いしたかったわ」

 「絶対、アナタとは合わないと思うわ。アタシ海軍ですもの」

 「いいのよ。ここで会えたのだから」


八人は階段を上り三階に行く。

奥に「衣裳部」の挿し札が見える。

川口氏が、


 「ごめんなさい。あそこよ」


衣装に着替えた踊り子達が数人、すれ違う。

踊り子達が、


 「オハヨウございま~す」


川口氏は踊り子達を見て、


 「オハヨウ~ッ! 頑張ってッ!」

 「ハ~イ」

 「ヨシコッ! 胸、気を付けて。ブラが見えているわよ」 


ヨシコは胸を見て、


 「あッ!・・・ハ~イ」


岡田氏、杉浦氏、首藤氏、肥田氏達の眼が点。


堀田氏、

 「何を見ているんですか! 早く行って下さい」


肥田氏、

 「・・・凄いねえ」


岡田氏、

 「気合を入れろッ! ただのオンナだ」


首藤氏、

 「その通り。ここに居たら気が抜けてしまう。早く行こう」


杉浦氏は踊り子の尻を見詰めながら、 


 「あの踊り子の裸体を描いてみたいなあ~・・・」


川口氏は衣装室の前まで来てドアーを開ける。


 「は~い、ここよ。早く入って」


七人が衣装室に入って行く。

                          つづく

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