第35話

「……ベルトなくても大丈夫なの?」


「よゆー」




男がベルトのないズボンをぐいぐいと下に引っ張っても、たしかにずれ落ちることなく骨盤で止まっている。


それを見届けてから、受け取ったベルトを腰に巻いてみた、……けれど。




「……穴が足りない」


「まじ? うわまじだ。ほっそ」


「……やっぱり返す」


「あー待て待て、やったげるから。貸してみ」




ベルトが男の手に渡った。穴は使わずに、真剣な顔つきでベルトを締め上げる男を、じっと観察する。


じめっとした6月の空気なんて忘れてしまうくらいに、涼しげに揺れる黒い髪。目元にある泣きぼくろ。見てわかるふにふにの唇。脂気のないさらりとした陶器肌。



知らない人。でもたしかさっき、あの3人のだれかが、この人のことを見て〝まもりくん〟と言っていた気がする。




「ど?きつくない?」


「うん、大丈夫。ありがとうまもり」


「え。俺のこと知ってたの」


「ううん知らない」


「なんだ」

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