第9話

立っている感覚が消え失せ、どん、と床に崩れ落ちた。そこに痛みは感じない。


ただただ胸が苦しくて、脳内には〝どうしよう〟の言葉が円周率のように延々と繰り返される。


……だって。あれは、大事な。




その時、玄関から音がした。それはがちゃがちゃとドアノブを引っ張る音。


そこでさらにいやな予感がした。



――鍵だ。毎朝必ず鍵の掛け忘れがないか、確認するはずのわたしが、今まで1度も、鍵の掛け忘れという失敗をしたことのないわたしが、今日はじめてミスを犯した。




もしかして、強盗――…?


部屋に一切の乱れがなくて頭にもなかった。


……ううん、違うねわたし。そんな恐ろしいことを考えたくなかっただけだ。


この部屋の合鍵を持つ人間なんていない。だから、最初から原因なんてそれしかない。




まだ朝の10時過ぎ。普段ならわたしが仕事に行っている時間。


けれど今日はイレギュラーが起こったために、こんなにも早い時間に帰宅することになった。


鍵を掛けずに出たはずの扉が開かない、ということは、本来存在しないはずのわたしがこの部屋に存在しているということ。


それに気が付いた犯人は、今、相当焦っている……?




ぞ、っと背筋に悪寒が走る。


扉を開けようとする音はもう聞こえてこないけれど、その静けさがまた怖い。


そもそもどうやって入ったんだろう。もし鍵を解錠する手段があって、今もまた、その手段で入ってこようとしているのであれば。

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