第9話
「行こう」
大学が休みのとある日。
空音さんに手を引かれ、外に出された。
どこに行くとか、なにをするとか、そういう目的は一切聞かされていない。
「どこに……なにをっ!」
と、問いかけても答えてくれない。黙って、にやにやするだけ。意図的に無視してるなってのがわかる。
そのまま手を繋ぎ、歩く。
どこへ行くかわからないし、この辺りの土地勘もないので、完全に空音さんの言いなりと化していた。
手網を握られているような状態。
約十分ほど歩いただろうか。
目的地へと到着したらしい。
「家具?」
首を傾げる。
目の前にあるお店。家具を取り扱うチェーン店であった。
わざわざここになにを買いに来たのか。しかも秘密にしてまで。ただ家具を買うのであれば、別に秘密なんかにせず、言えば良いのに、と目的地がはっきりしたのに謎が深まる。
「そっ」
空音さんはそう短く頷く。
うぃーんと開く自動ドア。店内に足を踏み入れる。
空音さんは周囲に目もくれず一直線に歩く。
明確な目的があるというのが足取りからわかる。少なくとも暇だから来た、ということはなさそう。
なにを買うんだろう……とか思っていると、とあるコーナーでぴたりと足を止めた。
「ベッド……」
ぽつりと呟く。
目の前には沢山のベッドが置かれている。
シングル、ダブル。
こうやって並んでいるところを見るとどれもこれも寝心地良さそうで、まだ昼前だというのにうつらうつらしてしまう。
「でもなんでベッド? 家にあるよね」
疑問はまだ残る。
ベッドを買うというのはわかった。けれど、なぜ買うのかという点が理解できなかった。
空音さんの家にはベッドがある。私用のベッドもある。
わざわざ買い足す理由というのが見当たらない。
別に壊れているというわけでもないし、汚いというわけでもない。なんなら綺麗なベッドだ。なおのことなんで買うのって感じだ。
あっ……あれかな。
もしかしてここで睡眠をとろうとしているのかな。
もしもそうなら全力で説得する。さすがにお店に迷惑をかけるのはどうかと思う。
「シングルベッドはね」
「十分じゃないの? シングルベッドで」
「ううん、ダメだよ。ダメ」
「なんでダメなの?」
「雫ちゃんと寝られないじゃん」
ですよね。知ってました。
なんとなくそうかなと思ってました。思ってた上で現実から目を逸らしてました。
言われたことで逃げることも目を背けることもできなくなる。
「ダブルベッド買っても寝ないけど……」
「なんで?」
「なんでって……むしろなんで寝ると思ったのか……」
寝たら襲われるじゃん。
「せっかくのダブルベッドなのに。勿体ないよ」
「買わなきゃ良いんじゃ?」
「それはね、ナンセンス」
「は、はぁ……」
「そもそも考えて見てほしい」
頷く。
「ダブルベッドに一人で寝る。それってどれほどに虚しいことだと思う? もうそりゃ寂しくて死にそうになるくらいのことだと思わない? 少なくとも私はそう思うよ」
熱弁された。
「買わなきゃ良いんじゃないの? ダブルベッド」
「うわーん、雫ちゃんったら酷い」
お菓子を買って貰えずに癇癪を起こした……ってほど酷くはないけれど、大人らしさはどこにもない。お店でやめてよ。周りの人が見てるし。多分空音さんは全部計算してやっているし。だから「見られてるからやめて」「目立ってるからやめて」というような言葉は通じない。どんとこいというスタンスだと思う。
「好きにしたら良いんじゃない……?」
私は諦めた。
結局ダブルベッドを購入した。後日配送かなと思ったが、在庫があるので持ち帰れるのなら持ち帰って良いと言われてしまった。後日で良いんじゃないかと提案したが、空音さんは持ち帰ると言って聞かなかった。
お店の軽トラのハンドルを握る空音さん。
可愛ければ軽トラの運転でさえも様になるらしい。すごいね、羨ましい。
帰宅して、組み立てる。
ダブルベッドの完成だ。
……。
空音さんから無言の圧力がかかる。
寝るよね、一緒に寝てくれるよね、という無言の圧力。
無視してやれば良いのかもしれないが、無視すると露骨に寂しがる。猫みたいに。
「わかった。良いよ。寝れば良いんでしょ、寝れば。でも襲わないでね」
「もちろん」
ほんとかなぁ。
という不安と共に許可をする。
まぁ良いよって言っている時点で心の奥底では襲われても良いと思っているんだろうなぁ。と思った。
シェアハウスをすることになった黒髪の天使様は『女性』が大好きとカミングアウトしてきた 皇冃皐月 @SirokawaYasen
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。シェアハウスをすることになった黒髪の天使様は『女性』が大好きとカミングアウトしてきたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます