第4話
夕暮れ時。オレンジ色に空は染まっていて、綺麗だなぁなんて思う。東京の夕焼けも案外悪くない。もっとくすんでいるような色を想像していた。ただの偏見である。
と、無理矢理穏やかな思考を働かせているが、ふとした瞬間に今私はホテルへ連れていかれているんだと現実に引き戻される。
引き戻されると血の気が引くじゃないけれど、変な汗が出てくるような感覚に襲われる。実際は汗なんて出てきていないが。出てきていると錯覚するほどに嫌だという気持ちが湧いているのだ。
都会の喧騒に包まれる
少し歩いただけなのに、住宅街という雰囲気から都会という雰囲気に一変した。無理矢理四車線にしたであろうギチギチな車道、道路を挟むように並ぶビル街、申し訳程度の植木、そして途切れることなくすれ違う人々。
空音さん曰く、ここは東京だけれど東京ではないそうだ。
なにを言っているんだと私は思う。
私からすれば十分過ぎるほどに発展しているし、人も多い。
宮城でここに太刀打ちできるのは仙台駅前くらいだろう。
「到着」
東京に感動していると、目的地に着いてしまった。
空音さんは声を弾ませる。それと同時に私のテンションは下がっていく。楽しくないとかじゃない。純粋な恐怖。それから不安が少々。ぐるぐるって混ざって、テンションが下がる。
「ここって結構有名なホテルなんだよ」
「そう、なんですね」
ラブホテルとか行ったことないから、そもそもわからないけれど、ラブホテルってお城とかなんか遊び心のある建屋なイメージだった。こう、三つ星ホテルみたいな、ホテルのラブホテルっていうのもあるんだなぁと思う。
これも東京クオリティなのかもしれない。ラブホテルにお城イメージを持っていることこそ田舎出身の象徴なのかもしれない。
「入ろっか」
「……」
ぐいっと繋いだ手を引かれる。
ここで入ったらもう後に引けない。多分ここが拒否できる最後のチャンスなのだろう。ここを逃してしまえば、待つのは『それ』のみ。個室になれば叫んでも、泣いても、逃げられない。空音さんならやめてくれるかもしれないけれど、仮にそこで無理矢理ストップしたところで、今後気まずくなるのは間違いない。そうなったらシェアハウスどころじゃなくなってしまう。グッバイ東京。宮城へとんぼ返り。
「雫ちゃん? どうかした?」
足が動かない。
まるで地面に足が打ち込まれてしまったかのように、ビクともしない。
「いや、なんでもないです。大丈夫です」
足が竦んでいることを悟られたくなかった。怖いと思っていることを知られたくなかった。なんでって問われると適切な言葉は浮かんでこないけれど。多分深い意味なんてないのだろう。
無理矢理足を動かす。ロボットみたいにカクカクした不自然な動きをしてしまうがこればっかりはしょうがない。
ホテルに入る。
煌びやかなフロント。って、あれ? ラブホテルってなんかパネルとかがあって……みたいな話を聞いていたんだけれど。知り合いから聞いていた話とは全く違う。
「普通のホテルみたいですね……」
「普通じゃないよ。ちょっとお高いホテル」
「そうなんですか」
空音さんは足を止めて、うーんと周囲を見渡す。
それからあっちだ、と指を差しつかつか歩く。すれ違うホテルマン? に会釈をされ、会釈を返す。
しばらく歩くと目的であったろう場所に到着する。
扉の向こう側からは良い香りが漂ってきている。
「実はバイキング予約してたんだよね。一瞬行けなさそうな雰囲気出てたから焦っちゃったけど、良かった良かった。結構お高いところだからね。しっかり堪能してよ」
ニヒッと白い歯を見せて笑う。
「ホテルって……」
「ホテルだよ。ホテルの中にあるレストラン」
「ラブホ……じゃなくてですか」
空音さんはぽかーんとする。
少し間をあけてから、愉快そうにワッハッハと声を出す。
「雫ちゃん、面白い子だね」
「……」
文脈的に褒められていないというのはわかった。
「予約をキャンセルして、ラブホに行く? 雫ちゃんが私をね、求めるのならそりゃもう全力で応えてあげようじゃないかって思うわけだけど」
手を離したと思えば、両手を広げて飛び込んでこいと言わんばかりのジェスチャーをする。
とりあえず睨む。恥ずかしいからやめて欲しい。声でかいし。
「冗談、冗談。まぁ、私もちょっとわざとやってた節はあるから」
ケロッとしている。
睨んでいることにさえ多分気付いていない。鈍感だなぁと思う。
というか今わざとって……。
見事に手のひらで踊らされていた、ということだ。
別に勝負じゃないのはわかっているのだが、それはそれとしてやっぱり負けたような気持ちになる。
誰と戦っているというわけでもないのに。
このままだと癪だったので、バイキングで空音さんを軽く引かせるくらいに沢山食べてやった。
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