第3話

 「宮城には……えーっと、えーっと。牛タンがあります」

 「東京でも食べられるよ。美味しい牛タン。紹介してあげようか」

 「いや、大丈夫です。というか、宮城県民そんなに食べないですからね。牛タン」

 「そうなんだ。他にはなにかあるの?」


 この話題まだ続けるのだろうか。

 続ければ続けるほど自分が惨めになってくる。あぁ、東京人相手に誇れるようなものはなにもないんだなって。杜の都とは言うけれど、東京の真の都と比べてしまえばやっぱり見劣りするし、東京の方が良いってなる。

 いっそのこと一寸の躊躇すら厭わないような田舎であったのなら。右を見たら森、左を見たら川、空を見れば遮るものはなにもない青空。そういう大自然に囲まれた土地柄であったのならば。東京よりも良いところ、一つは見つけられたかもしれない。

 言ってしまえば、宮城はなにもかもが中途半端だった。特に私が生まれ育った仙台は尚更である。

 田舎と呼ぶには発展しているし、都会と呼ぶにはハリボテ感が否めない。


 生まれ育った街を客観的に俯瞰して、そう思うのが悲しい。

 いや、なんとなくわかっていたことではあった。

 だからなんというのが良いのだろうか。現実を突きつけられた。多分、この言葉が一番正しい。


 「……宮城には、プロの野球チームがありますし、プロのサッカーチームもあります。それにバスケットボールチームもあります。仙台駅周辺には大きな商業施設が何個かあって買い物には困らないです。交通網も、数年前に地下鉄が開通したおかげで劇的に改善されましたし、地下鉄の終点には宮城県民で知らない人は居ない遊園地もあるし、動物園もありますよ」


 とはいえ癪なので殴るように宮城の魅力をぶつける。


 「ふぅん、伊達政宗とか松島とかそういうイメージだった。色々あるんだね」


 本人に煽ったという意識は一切なかったのだろう。

 だから、そうなんだ……という余裕綽々な態度を見せられる。それがまた妙に癪だった。

 やっぱり地元をバカにされるのは気分の良いものじゃない。


 「そういう星雲空音さんは――」

 「空音で良いよ。仲の良い人たちは私のこと『そら』って呼ぶからそっちでも良いけど」

 「……空音さんで良いです」

 「堅いなぁ」


 空音さんは私の肩をもみもみしてくる。ニヤニヤしながら。


 「で、私がどうした?」


 手を離してからこてんと首を傾げる。


 「空音さんから見る東京の魅力はなんなんですか」


 そこまで宮城になにがあるかわからない煽りをするのなら、さぞ東京には沢山の魅力があるんだろうなぁと思う。いや、実際問題宮城と比べたら腐るほどあるんだろうけれど。というか太刀打ちできないほどにあるのは明白だ。無謀な戦いだった。今すぐ降参しようかな、と本気で検討する。


 「東京の魅力かぁ。急に言われても」


 口元に手を当て、考え込む。


 「はい、魅力です」


 沈黙が流れそうだったので、なにも生まない面白みの欠片も存在しない言葉で間を埋める。


 「ないね」


 私の言葉に続くように空音さんは答えを出す。

 答えを出した空音さんを私は思わず睨んでしまった。想定していなかったから。


 「……えーっと、ないことないんじゃないですか?」

 「いや、ないよ。というか知らない。東京の魅力なんて。大体ここ東京っても多摩地区だからね。知ってる? 多摩地区。東京二十三区外」

 「東京じゃないですか」

 「戸籍上はそうだね。でも住んでて東京に住んでるなぁって思うことはあんまりないよ。どっちかって言うと、埼玉とか神奈川とかに住んでるような気分になる。雫ちゃんもそのうちわかるよ」


 頭をポンポンされた。私は未だにクッションに座っているので、私の方が身長が高くても空音さんは不自由なく私の頭をポンポンできる。


 「そもそも私東京出身じゃないし」

 「え、違うんですか」

 「そうだよ。実家は藤沢。ってもわかんないよね」

 「江ノ島があるところですよね」

 「うおー、知ってんだ。結構博識?」


 ぱちぱちと空音さんは手を叩く。

 日本人として知っていて当然の知識、というように思えるが。違うのだろうか。

 と、少し考えていると、インターホンが鳴った。


 「来たんじゃない? 業者」

 「多分来ましたね」

 「んじゃ、ひと仕事しますかー」

 「業者さんが荷物運んでくれると思うので、多分私たちやることないです」

 「傍観?」

 「まぁ、そんな感じ。ですかね」

 「もしかして暇?」


 引越し業者の対応に暇とか暇じゃないとそういうのを持ってくるこの人はズレているなと思う。いや、顔合わせの最初に「女の子が好き」とか言っちゃう時点で明らかにズレてはいるんだけれど。ただズレてるのに憎めない。ずるい人だ。





 私の部屋になる予定の部屋に段ボールを運んでもらった。

 家電なんかは元々あるものを使えば良い。というわけで、引越しの荷物として持ってきていない。なので本当に段ボールだけ。衣類、本、趣味の諸々。

 片付けようと思えば多分二時間くらいで綺麗にできる。

 それほどの荷物量だった。だから運び入れもそこまで時間を要さなかった。

 ささっと荷物を運び入れて、ささっと帰っていく引越し業者。なんというかあっさりし過ぎていて、引っ越した。という実感はない。


 「思ったよりも早く終わった……私の時、もうちょっと時間かかったような。冷蔵庫どこに置くとか、なんか色々聞かれた気がしたし」

 「状況が違いますから」

 「それも……そっか」


 私の部屋を見てから、リビングを見渡し、納得するようにこくこくと頷く。


 「じゃあ、行こっか」


 ぴしっと外を指さす。

 突拍子のない発言に、私の頭には何個もの疑問符が浮かんでいた。


 「どこに?」

 「どこって、そりゃ、一つしかないでしょ。行く場所なんて」


 ありえない、みたいな眼差しを向けられる。

 私が悪いのだろうか。ちょっと良くわからない。でも、お前が悪い……みたいなスタンスで来られると、わからない私が悪いのかもと思えてしまう。

 チョロすぎないか、私。


 「ホテルだよ、ホテル」

 「えっ……」

 「じゃっ、行こっ」


 空音さんに手を取られ、ぐいぐいと引かれる。

 抵抗もできずにただ私は引っ張られた。

 脳内で反芻する「女の子が好き」というセリフ。

 勝手にあれこれ妄想して、頬が火照る。


 東京すごい。一夜経たずに、大人の階段昇っちゃうんだから。

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