第23話 魔獣襲撃②
「行ってしもたな……」
「だね」
村から上がった悲鳴を聞いてすぐに、この場にいた村人数名を連れてトゥムクスが離れてしまった。残されたのは櫛奈とアーラ、それから村人が何人か。
「付いていかなくて良かったの?」
「ええやろ。向こうはトゥムクス一人おれば正直どうとでもなると思うし、それより――」
櫛奈の視線が平原へと向かう。気付けば魔獣達がこちらに向かって来ていた。
「やっとやる気なったんか」
今まで様子を窺っていた魔獣達だが、村から上がった悲鳴と同時に動き始めた。予め決めていたかのような行動だ。偶々かそれとも作戦なのか。というか彼らに作戦を考えるような知能があるのかすら櫛奈には分からない。
だがやることは単純明快。目の前に迫りくる脅威を排除していけばいいだけだ。
意気揚々と竹刀を構える櫛奈だったが、その隣に立つアーラがさらに一歩前へ出る。
「クシナは下がってていいよ。私の神術が通用するかどうか、試してみたいし」
「ん、ええよ。頼んだわ」
実際にこの世界の神術とやらに興味がある。魔法みたいなものとは言っていたが、この目で見ないことには理解もできないだろう。
アーラはそのまま前へと進み最前線に立つ。そしてそのまま手にした短剣を空に掲げて言葉を放つ。
「神の名の下に、力を行使することを許したまえ。神名はシェイド。初めは雨。結びは雷。空割き、光の鉄槌を下さん。轟け! 高等神術―ゴウライ―≪驟雨≫」
短剣の差す先。即ち宙に文字が刻まれる。それはそのまま発光したかと思えばすぐに霧散し、消える。
直後だった。
空が輝きと共にその煌めきを大地に叩きつける。
雷の雨。形容するならそれが最も近いだろう。幾度となく轟音と光の明滅を繰り返し降り注ぎ落ちるそれは、地を駆けこちらに向かって来ていた魔獣を的確に撃ち抜いていく。
それを見た櫛奈は――。
「えぇ……ヤバ……。こんなんウチいらんやん」
ドン引きしていた。
しばらくして雷は鳴り止んだが、そこには魔獣がいたという痕跡すら残っていなかった。
いや、決して悪いことではない。櫛奈だって魔獣を討伐しようと思っていたわけだし、結果を見れば変わらない。
だが、余りにも異なるレベルの差を見てしまうと、さすがに魔獣相手にも同情の余地が生まれる。まあ生きるか死ぬかの戦いをしているのだ。これぐらい躊躇が無い方がこの世界で長生きできるのかもしれない。
生きる世界の違いと自分の甘さに認識を改めていたところに、アーラが近寄ってくる。
「えへへ、どう? クシナ。私も中々やるでしょ」
「……うん、凄いわ。アーラさえおれば大丈夫なんちゃうかな?」
「そうだと良いんだけどね」
アーラが再度、平原の向こう側を見る。確かに魔獣の姿は消えていたが、まだ気は抜けない。
と、そこへ別の村人がやってきた。
「おい! 次は東側の方に魔獣が出たらしいぞ! 何人か来てくれ!」
「あ、じゃあウチ行くわ」
このまま何もしないのも落ち着かない。櫛奈はすぐさま名乗り出る。
「え、クシナ!? ここはどうするの!?」
「アーラおればウチいらんからな。頼りにしてるで」
「……! うん、ここは任せて!」
アーラの声が弾む。実際彼女がいればそうそう突破されることはないだろう。櫛奈はそうアーラに告げて、村の東側へと向かう。
先導する村人達について行き辿り着くと、既に数匹の魔獣との戦闘が起こっているようだった。
「いやもうやり合ってるやん!」
すぐさま一番近くで戦っていた村人の手助けをする。魔獣が今まさに襲い掛かろうというタイミングで、手に持った竹刀を横から叩き込んだ。
魔獣は勢いよく吹き飛び、空中で黒くなりその姿を宙に溶かす。
「え、何か消えたんやけど……」
不可思議な現象に首を傾げる櫛奈にフェイレスが応じた。
『魔獣は倒されるとその姿を無に還します。今の貴方であれば、この程度苦戦もしないでしょう』
『ふ~ん。そうなんか』
彼の言葉に内心頷く。確かに手応えはない。この調子なら問題なく対処できるだろう。
「あ、ありがとう……!」
「すみません。ウチ来やんでも倒せたと思うけど、悪く思わんといてください。ウチも加勢するから、コイツ等やったりましょう」
村人の無事も確認し、次の魔獣討伐へと動く。
魔獣の姿形は櫛奈の生きる世界で言うライオンを想起させた。と言っても全てが似ているわけではなく、纏う毛色が黒ずんでいたり爪や牙がより鋭利であったり、禍々しさが増している。
しかし動きは想像の域を超えない。駆けたり飛び掛かってきたり、それも別段目で追える程の速さであるので、今の櫛奈の敵ではなかった。
「なんや、こんなもんか?」
次々と村人の手助けをしていく櫛奈。魔獣は徐々にその数を減らしていき、その少なくなった魔獣をも彼女は追い詰めていた。
「ひいふうみい……。あと十もおらんな。このまま押し切るで!」
獅子奮迅の活躍に村人達から喝采が上がる。状況はこちらが優勢。余程のことが無ければ返り討ちに遭うことはないだろう。
そう踏んで、櫛奈は残りの魔獣達に飛び掛かる。
『クシナさん』
『なんやフェイレス』
『地中に魔獣が数匹、お気をつけて』
「は――?」
その身は既に宙へ飛んでいた。時間にして数秒も無い跳躍だったのだが、しかしそのタイミングで地面が小さく爆ぜる。
「――っ!? 手ぇ!?」
それは手、のようなものだった。指が五本、腕が一本。それらが数本、地中から伸びている。しかしその姿は黒い布のようにも、影絵が伸びたようにも見えた。
それらが空中にいる櫛奈を囲むように迫り来る。
「やばっ……!」
空中では身動きが取れない。
櫛奈は咄嗟に手を後方に突き伸ばし――
瞬間、爆炎が手のひらで放たれた。
【初等神術―カエン―】。
咄嗟に放ったそれにより宙を駆ける櫛奈の速度は増し、影の手の包囲網から抜け出すことに成功。そのまま魔獣の群れへ竹刀の一閃を見舞った。
「あっぶな……。もうちょっとで捕まるところやった……」
魔獣の残滓が空に舞う中、苦々しい表情で櫛奈がごちる。
『いやはや、見事なものです。そこまでワタシから買った商品を使いこなせるなんて、やはりクシナさんは素晴らしい逸材です』
『やかましいわ。っていうか土の中にも敵おるって、もっとはよ言ってくれても良かったんちゃうの? その逸材が捕まりかけたんやけど?』
『まあまあ、捕まっていないのですからそれで良いではないですか』
『いや良いわけないんやけど』
変わらない調子のフェイレスにこれ以上何を言っても無駄だと悟った櫛奈は、そこでやっと辺りを見渡す。
ライオンのような魔獣はいなくなったが、まだ櫛奈を捕えようとした魔獣が残っている。だが、既に先ほどの影の手は消えており、地面に穴だけが開いていた。
『なあ、フェイレス。地中の魔獣はまだおるん?』
『……ええ。ですがどこにいるのかが分かりづらく――』
『おるのが分かるんやったら十分やろ』
そのまま櫛奈は適当に辺りをうろつく。敢えて隙を見せるように無防備に、しかしきちんと見晴らしのいい場所からは離れず、歩く。
「……来た」
彼女が呟くのと影の手が地面から出てきたタイミングはほぼ同時。櫛奈はその手を掴み、一気にそのまま引き上げる。
釣りの要領で地中から引っ張り出されたそれは、意外にも小さい魔獣だった。
月明かりに晒されたそれを空中に放り投げて竹刀を構える。そしてそのままバッターが球を打つかのように、大きく竹刀を振った。
魔獣はホームランボールのようには飛ばず、櫛奈の攻撃を受けた瞬間に黒い塵となって虚空に消える。
『フェイレス! あと何体?』
『地中の魔獣は残り三体です。ですがお気を付けて。それ以上の格を持つ魔獣が増えました』
『え、どういうこと――』
フェイレスの言葉に対して、疑問を投げかけたと同時。
木々の間から現れたのは複数の人影。
その誰もが目は赤く虚ろで。
まるで獣のようなうなり声を上げていた。
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