忘れたくない悪夢

 いつまで寝てんだよ。ロゼットにでもなったのか、おい。そのまま伸びて根っこでも生やすかよ。立派な酸素、作れよなー。


 まるで心配など知らないような声に起こされる。目を開けると、暗い天井を背景にゴーグルを付けた男が見えた。自分が仰向けに倒れているのが分かる。

「ハイ、ドロ……?」

「起きたか。そうだよ、ハイドロ。お前いつまで寝てんだよ。もうすぐタイムリミットだぜ?」

 ハイドロは喋りながら顎を擦っている。落ちた時にぶつけたのかもしれない。

「んう、アクチノとスズは?」

 起き上がって見渡す。

「ん? 誰だって? 夢でも見てたのか?」

 訝りながら、でも興味深そうにハイドロは尋ねる。

「あ、二人は俺より早いタイムリミットだったんだっけ」

 思い出し、頭を掻く。

「いや、夢だよそれ」

「何でハイドロが分かるんだよ」

 言いつつ、あくびをしてしまった。

「このフィールドはランダムの仕掛けが発動するんだ。それは時によってバラバラなんだけど、火車に追いかけられたり、クイズに全問正解しないと出られなかったり、夢の迷宮で戦ったり、色々なんだよ。ちなみに、俺はでっかい虫に捕まりそうになった」

 唇を引きつらせてピースサインを見せるハイドロ。彼も中々に大変だったみたいだ。

「そっか、夢」

「うん。いい夢だった?」

 いい夢なわけがない。それは本当だが、悪夢というには得たものが多かった気がする。あの二人は実在する人物なのだろうか。夢の中で偶然組み合わさったのか、そもそもが夢の中で作られた人物だったのか。今となっては証明のしようがないが、夢で手に入れたものをクリプトンは忘れたくないと願った。


「いい、夢だったよ」

「ほう」

 いかにも珍しいという顔でハイドロは立ち上がる。

「ほら、立てよ。足やってんだろ?」

 何でお前が知ってんだよ。

 その言葉は飲み込んで、代わりにこんなことを言ってみる。

「仲間っていいよな」

 笑いながら手を取る。ハイドロはクリプトンの顔をちょっと見て、ふいと逸らした。

「ハイドロが追われた、でっかい虫の話も聞かせろよ」

「いや、あれはマジでキモかった」

 出口のない屋敷の中で二人は歩き出す。自慢気に武勇伝を語るハイドロを見ながら、クリプトンは小さな違和感を感じた。

 ――お前いつまで寝てんだよ。

 あの言葉は、まるでずっと隣にいたかのような口調に取れなくもない。しかし、考えすぎだろうと、違和感をかき消した。

 右足首の違和感は拭えなかったのだが。







 タイムリミットが来て、男は戦場から引きあがる。

「おお、Arg18も今帰ったか」

「うん。順調だよ」

 Arg18は装備を外しながら答える。

「……何かあったな? 変わりは?」

「大丈夫。何でもない」

「よくない。お前のためじゃない。国のために聞いている」

 聞こえた低い声に、身体が強張る。隠し事はコイオリードからの処罰が下る。それだけは何としてでも避けたい。

「……ある男に、少し」

「一応、検査してもらった方がいい。わしの方から頼んでおく」

「分かった」

 面倒臭いことになったと、心では思う。

「分かったら、行け」

「うん」

 こんなことになったのもアイツのせいだと手を握りしめる。

 頭に浮かぶのは、ゴーグルを付けた、あの男。

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