第20話 Mのせいかんたい!?

「お、思いっきり全力で!?」

「遠慮するなよ、つぐ。あたしを気持ち良くさせるだけのことなんだからな」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、光丘くんは俺を愛称で呼びながら挑発してくる。


「じゃ、じゃあ……いくからね?」

「ふふん」


 余裕そうにしてるけど光丘くんは知らない。俺の本気は普段とまるで違うということを。


 そして、誰も知らない事実。


 それは――


「――ひぁっ!?」


 ギャルゲー攻略ばかりに力を注いできた俺だが、実は通信教育でマッサージ師の教材を読んでいた時期がある。


「んっ、んんんっ!! つっ、つぐ……やめっ」

「だいぶ疲れてるみたいだね、みなとさん」

「んうっ!? バッ、バカ野郎! 背中と腰を攻めすぎだ!! やるなら肩とかにしろ!」


 俺の指圧により光丘くんは身悶えをしているが、決していやらしい目的で触れているわけではなくあくまでマッサージによるものであって、俺自身その成果が出たのだと実感しているところだ。


 何せひたすら読本してきたわけで。


 人の体のどこを押せば効果が表れるだとか、健康につながるだとかをそれはもう必死に覚えてきた。


 その甲斐あってか、光丘くんは俺の指先だけで見事に体を悶えさせている。もちろん目的はエロではないと断言出来るほどに。


「はぁっ、はぁっ……はぁっ。くっ、こんなの……不意打ちすぎだろ……つぐごときの指でこんな……こんな」

「驚いた? こう見えて俺、誰かを気持ちよくさせるマッサージに心得があるんですよ! こうしてみなとさんの体で実践出来るなんて思わなかったですけどね~」


 光丘くんは俺をムフフな展開に持っていこうとしていた。だけど、そういうのは俺にはまだ早すぎると思ってしまった。


 妥協案としてマッサージでもいいですかと訊いてみたら、多分別の意味でのマッサージと誤解したらしく、光丘くんは素直にうつ伏せになって俺に背中を見せてきた。


 それもなぜか下着を一枚だけ着けた状態で。


 つまり、俺の手は光丘くんの肌に直接触れているという――。


「バカ野郎……はぁっ、こんなマッサージなんて聞いて……ない」


 決してじゃないのに、俺の指圧が相当にキたのか光丘くんはずっと激しく息を切らせながら汗をかき始めている。


 背中の肌から少しずつ赤みを帯びていて、かなり火照っているような感じだ。


「ダメ、ダメだって言ってんだろ……何でつぐにこんなヤられてんだ」

「気持ち良くなってるってことはそれだけ老廃物が……っと、難しいことは言わないけど、みなとさんの体がそれだけ変わりたがってるって意味だから悪いわけじゃないからそのまま大人しく……」

「くっ……やめ、やめろって言ってんだよっっ!! ばかっ!!!」

「ほげっ!?」


 それまで背中を見せていた光丘くんが突然仰向けになったかと思えば、その姿勢のまま長い足で俺の股間を蹴り上げてきた。


「お、おおおぉぉぉ……ぐううぅぅぅ」


 ……今度は俺が身悶える番だった。


「バーカ。マッサージだかなんだか知らないけど、いい気になりすぎだバカ」


 股間の痛みを堪え続ける中、見上げる先には顔を紅潮させる光丘くんの姿があった。全身ぽかぽか状態になったようで手足を動かして調子の有無を確かめている。


「ふん。つぐのくせにあたしをここまで気持ち良くさせるとはな……やるじゃん、つぐくん」

「うぐぐぐぐ……そ、それは何よりです」

「ほら、手を出せ。立ち上がらせてやるから」


 これは意外な反応だ。思いの外機嫌を良くしたのか、俺に手を差し伸べて立たせてくれるらしい。


 光丘くんの優しさに甘え、俺は痛みをこらえながらその場に立ち上がった。


「えっと、ど、どうだった?」


 何を訊いているんだと思いつつも、真面目に身につけたマッサージスキルの感想だけでも聞いておきたい。


 俺の質問に対し、光丘くんの答えは。


「……悪くなかった。お前にこんな技があったとか、見直した」

「ほ、本当!?」

「あぁ。でも、一つだけ言いたいことがある……」


 何だろうか?


 実は痛みがあってそれであんなに訴えていたとかじゃないだろうか?


「あたしの性感帯をピンポイントで突いてくるんじゃねえ!!」

「――えっ? せ、せいかんたい!?」

「言わせんなバカ!!」

「だって指で押したのは背中と腰だけ……えっ」

「あ?」


 あー。


 言ってしまってからすでに手遅れだった。


 気持ち良くスッキリとした表情を見せていた光丘くんの顔がみるみるうちに怒りの顔に変わったうえ、指から小気味いい音を出しながら俺に向けて何らかの制裁を与えようとしてくる予感がある。


「あはは~……えーと?」

「……つぐ。覚悟は出来たか?」

「い、いつでも?」

「歯ぁ食いしばっとけ!! おらぁっ!!」


 どう考えてもパンチが飛んでくるのを見越して目を閉じ、歯を食いしばって身構えていると、予想とまるで違う場所に鋭い蹴りが命中していた。


「…………ぐぬぅぅぅぅぅぅ……な、なん……で」

「バーカ、顔なんか殴らねーし! だからもう一回、不貞な野郎の急所を蹴ってやった。次は殴るぞ? つぐ……だからしつこい真似はやめろよな」

「……は、はい」


 どうやらマッサージが嫌だったわけじゃなく、しつこく攻めたのがまずかったらしい。


 気のせいでも何でも無く、光丘くんの俺を見る目が何となく穏やかに見えた――かもしれないまま、少しの間全身くの字のまま身動き一つ取れなかった。

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女心って難しいよねって言いながら一緒にギャルゲーしてた光丘くんがギャルになっていたし、実は女の子だった話 遥 かずら @hkz7

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