第4.5話 取り残されたルティア
ずっと、憧れていたはずだったの。
初めてひとりで風破板に乗ったあの日から、
魔鳥と戦う空蜓師は、領区の民から尊敬と感謝を集める存在。
だから、私も子供の頃から凄い人達なんだと尊敬していたし、そんな人になりたいと思っていたわ。
私も……そうなれると、思っていた。
家門の血統魔法が獲得できて、これですぐにでも
空撃師になれば、空蜓師に必要な魔法が顕現しやすくなると言われていたし、空撃師を経験していないと空蜓には乗れないから。
だけど……空撃師と呼ばれるようになってすぐに、思っていたのとは全然違っていると解った。
成齢になり、血統魔法が使えるようになって間もないというのにその魔法があるからというだけで戦いに駆り出される。
知っていて当たり前だというように、今までやったこともない魔法の使い方をしろと言われる。
境域を決めるとか、魔力の加減なんて、すぐに判断ができるわけないのに。
小さい頃から一緒だったはずなのに、リア様のことまで疎ましく思えるようになったのは『警報』や『伝令』が聞こえだしてから。
教会の方々や友人達との会話よりそれらが優先されて、気がつくと彼等とは何も共通の話題がなくなっていた。
いつもいつも魔鳥を倒すために、魔虫を駆除するためにだけ行動し、それを当たり前のように受け入れて過ごす。
幼い頃から暮らしていた人達とは、滅多に会えない。
友人達と話すことさえ、できなくなってしまった。
だって、いつ呼び出されるかびくびくしながらなんて落ち着けないし……しかも、髪をほどくことすらできないなんて。
成齢になれば髪を結うのは当たり前と解っていたけど、休む時までほどけないなんて思ってもいなかったの。
ええ……休暇を取れば大丈夫だと解っているわ。
だけどいちいちそんなことをしなくても、ほんの少しの間だけでも気分を変えたいと思うのはいけないことなの?
常に行動を報告して、許可されなければいけないなんて、子供じゃないのに!
私は、今まで一度も失敗なんてしたことのない魔法まで、何故か失敗ばかり繰り返すようになっていった。
絶対に空撃師になる前と生活が変わったせいで、体調が悪くなったからだと思っていた。
私がそう言うと……最初に配属された部隊の人達は、顔を
空撃師になる前に、それくらいは自己管理できるように家門で教育されなかったのか、と。
成齢になってすぐの頃、リア様に何度か『練習しよう』『話を聞いて』と言われていたけれど、そんなことできるから大丈夫だって、言うことを聞かなかったことを思いだした。
だけど、言い訳を聞いてもらえなくて、勉強不足ならばもう一度全てやり直してから空に上がってきなさいと……家門の錘地に戻されてしまった。
それから暫くの間、腫れものに触れるかのように扱われたけど、なんとか『境域』が使えるようになり復帰した。
……割と無理矢理……という感じだったけど、家門の人達も私を早く戻したがったんだから私のせいだけじゃない。
配属されたのは、私の出身であるロゥエ領区錘地の多い中央ではなくて、有人錘地も少なく魔鳥の飛来があっても高々度の戦闘が少ない西方の空域。
今まで私が総領血統でないのに中央に配属されていたのは、才能があって魔力が多いからだわ。
それなのに、たった数度の失敗で辺境空域である西側に回されてしまうなんて!
そんなところに追いやられてしまった私を……友達も家門の方々も、きっと嘲笑っているに違いない。
挽回して中央に戻してもらうためには、普通の方法ではなく圧倒的な差を見せつけないとダメだと思った。
髪なんて結っていなくても、視界や額が髪で遮られたって魔法には失敗しない。
制服なんてなくたって体温の調整が簡単にできる魔法を使えるし、低空域の飛行ならなんの問題もない。
全て私の圧倒的な魔力と魔法で、下らない決まりなんて必要ないんだって見せつけてやれば……『落ちこぼれの西側』から……抜け出せると思っていたのに。
髪が風で舞うだけで集中が切れ、視界が塞がると魔法が迷走し、額が隠れると威力が半減した。
制服を着ないだけで全身が震えてしまい、手の平からでさえ魔法を正しく放てなかった。
……私は……何もできなかった。
だけど、隊長であるセーエラに叱られる度、フィエムスに呆れられ、エルスに冷めた目で見られる度に意固地になった。
そして……一番侮っていたヴィリオンに……空撃師の資格がないとまで言われて、全部の気持ちが切れた。
コンコンコン
扉を叩く音に了承を告げる間もなく、数人が入り込んできた。
ここは、私の暮らしている家ではなく『ルティア』家門総領主様の別邸にある一室。
以前、私が『再教育』で住まわせていただいていた場所。
いらしたのはルティアの総領主様とふたりの空撃隊隊員、そして……その後ろに私と同じくらいの娘。
総領主様は静かに、残念そうに私を見つめ『あなたの
「……『ほどいて』しまいました」
「何故……?」
「鬱陶しくて、つい。申し訳ございません」
「そう。あなたはそんなに……家門が鬱陶しかったのね」
「え?」
なんで、なんでそうなるの?
どうして、私が家門を、ルティアを疎んじているかのような言い方をなさるの?
要領を得ない私に苛ついたのか、後ろにいた娘が声を上げた。
「まさか……覚えていないの?」
「な、何よ?」
「
「そんなの、結び直せば……」
総領主様は大きく溜息を吐き、空撃隊のふたりは蔑むような瞳で私を見る。
何よ、なんなのよ!
知らないことがそんなに悪いことなの?
教えなかった方が悪いんじゃない!
「教わっていたはずよ。リア様ご自身からも教会でも何度も。わたくしと同じ教会で、同じ場所で学んでいたのだから、知らないなんて言い訳は通用しないわ」
そしてその娘のことを思い出そうとして黙ったままの私に、総領主様の凍えるような声が届く。
「あなたは繋傳様を拒み、既に繋がりを断ってしまった。今後、ルティアを名乗ることは許されません」
「どうしてですかっ! 私にはルティアの魔法が……【湧水】がありますっ!」
「その魔法も成齢期では、まだ繋傳様あってのものです。まだ適齢になっておらず完全に身体に馴染んでいない魔法は、たとえ血統魔法であっても繋傳様なくしては行使できない。その内すっかり消えてしまうでしょう。残念です……あなたは総領直系ではなかったけど、豊かな魔力と素晴らしい魔法を幾つも手にしていたのに……」
消える?
魔法が……?
私の獲得したはずのものが、まだその手に完全には収まっていなかった……と、いうことなの?
絶望と驚愕で何も言葉が出てこない私に、全員が背を向けて部屋を出ていく。
声を上げて、その服を掴んででも引き留めたいと思っているはずなのに、身体はピクリとも動かない。
扉が閉まる直前に、あの娘の声が聞こえた。
「さようなら。もう、お会いすることはありませんわ、お姉さま」
思い出した……私の後ろをいつも走ってついてきていた、あの子……
私を『お姉さま』と呼び、私の魔法にいつも瞳を輝かせていた小さい子。
扉が重々しく閉まり、私は……ただ呆然としていた。
だけど……不思議なくらい安堵している自分もいるのが……悲しかった。
身体が軽くなって、動けるようになると泣いていることに気付いた。
全部、終わった。
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