空艇の銀冠

磯風

第1話 アーレント帝国

 この星には間違いなく神々がいて、空と陸と海を護り育んでいる。

 遙か『宙空ちゅうくう』と呼ばれる空間にある神々の住まう『宙天ちゅうてん』の光の中から、その星に命を与えるために神々は選ばれて訪れる。


 多くの神々が輝く星々の中から、生命を育む星を見初めると幾柱かの神々と結んで星と契りを交わす。

 神々は熱くたぎる星をなだめ、星がゆっくりと穏やかに息を整えるまでそのかいなで優しく包み込む。


 この星は、そうして選ばれた星のひとつ。

 整えられたこの星には、神々から恵みが次々と与えられ『神々の作ったたね』から多種多様の生命達が星の息吹に呼応するように進化していく。


 だが、ある種は芽吹けず、芽吹いても立ち枯れ、枯れたかと思われても再び息を吹き返したりと、生命達は星の揺籃の中で育ち変化する。

 神々は、生命達の行く手を阻むことも操ることもしない。


 見守り続けて、未来の全ての道を創り続けるのが神々のすることの全てだ。

 星は『生命達の生きる場所』であり、その星の外から訪れた神々が過度の干渉をしては、ねじ曲がってしまって『その星の生命』ではなくなってしまうから。


 神々の願いは全ての星の住まう『宙天ちゅうてんの均衡』であり、それは『選ばれた星での生命達の進化』が『信仰』となって神々のいる『宙天ちゅうてんの果て』に届くこと。

 そのために、多くの神々が様々な星へと赴き、生命を育んでいるのだ。


 だが、その中に……神々の願いから外れてしまった生命達も時折、現れてしまう。

 幾たび、そのような『嘆き』と言われる生命達が全てを滅ぼしてしまい、自らも滅んでいったことか。

 そして時折訪れる『遼遠りょうえんの天からの厄災』は、星を育む神々をも悩ませる。


 何度も何度も、世界は生まれ変わりを繰り返す。

 それでも神々は命達の道を創り続け、いつか彼等が道にちりばめられた『加護』と『祈り』を得てくれることを信じ続ける。

 この星が完全に育む力をなくすまでは、神々は創造を繰り返す。



 もう、何度目の種まきだろうかという頃、ようやく神々の存在を認識する生命が現れた。

 彼等は神々を愛し祈りの祝詞うたを捧げ、神々もまた彼等を喜び様々な加護を与える道を創る。

 そして多様な形を得ていった生命達は、それぞれが生きやすい場所へと分かれた。


 だが、相応しい場所で生きていた生命達は、決して同時に時を共有していた訳ではなかった。

 まず初めに『空域そらいき』ができ、そこに生きていた生命達が徐々に眼下に広がる海に憧れ、神々に願って『海域うみいき』の生命となる者達が現れた。

 そして、海域の生命と空域の生命が出会う場所をふたつの間に造ってほしいと願われた神々は、海の上だが空に届かぬ場所に『陸域りくいき』を創ったのだ。


 何処で生きていても『同じ種から生まれたの生命達は同族』であったが、空域に住まう者達の身体はふわりと浮くほど軽く、陸域の生命達の身体は熱に強く安定し、海域の生命達の身体は水の中でのみ何不自由なく生きられた。


 それは全て、この星では神々の加護を得た生命達が『魔力』というものを身の内に蓄えられたから。

 だが、そうして生きる場所の分かれてしまった生命達は、同族だというのに互いにまるで違うもののように認識し始めた。


 その時に、彼等は神々に願ってしまったのだ。

 それぞれの場所で生まれた命を同族として欲しい……と。

 

 この時、かつて『嘆きの生命』達が現れてしまった時と同じような『裏』ができた。

 加護を受取り同族を慈しみ愛することのできる『表』に生きる生命達と、その道を逸れてしまい穢れ、壊れ、悲しみも愛情も解らなくなってしまい何も受け取らなくなった『裏』の生命達。

 同族を貶め、同族の生命を途絶えさせる者達はいつの間にか『裏』へ入ってしまい、今までの場所には戻れなくなった。


 はじめの頃は表と裏は交わることはなく、干渉することもされることもなかったのだが……ある時、宙天の果て『遼遠の天からの厄災』が、星を襲った。

 厄災は波となり粒となり、通り道にあったいくつかの星々を激しく揺らし……この星もずらした。

 捻れた次元は表と裏を混ぜ、そして星から神々の手を引き離す。


 時は一方向にしか流れなくなり、嘆きの生命達は加護への道を完全に亡くし、表の生命達は彼等の加護を羨むように襲い来る裏の生命達を退けねばならなくなった。

 そして神々は、加護を与え育んでいる『信仰を持つ生命』達と通ずる方法を狭められてしまった。


 ……


「あー、待って、待って、リア様! どんどん話すのが早くなって、書ききれないよ!」

「ヴィリオンはもう少し【俊敏】を鍛えた方がいいよー」

「ちぇっ、俺は遅くなんかないよ。この『筆記』ってのが、難しいだけ!」


 まるで人と人との会話のようだが、今、俺と会話をしている『リア様』の姿は『人』ではない。

 ぽよんぽよんした水を入れた丸い革袋みたいな袋の口を、うちの家門の色である青い紐できゅっと結んでいる。


 どこからどう見ても、到底生きものとは思えない姿。

 そして、ぽよぽよの水袋(?)は自主的にころころと動き、跳ねるだけでなくふわりと浮かび飛び回るのだ。

 ……中に入っているのが『水』でないのは確かなんだけど、何なのかは絶対に教えてくれない。


 だけど、俺にとっては最も多くのことを教えてくれる教師であり、友人であり、小さい頃からずっと一緒に居てくれた、大切な『人』と変わらないものだ。

 

 俺が悪戦苦闘している『創星史の口述筆記』をしている文机の上に乗っかっているリア様がくすくす笑いを漏らしている……ような気がする。

 実際に笑い声のようなものは聞こえるのだが、リア様はほぼ表情が動かない。


 今、俺の側にいるリア様は、両手の平に載る程の大きさだけど、他の人のリア様はこの大きさではなくもう少し小さい。

 ……そう、リア様は魔法が使えるようになれば、ひとりにひとつ……いや、ひとりにひとり? 必ずちっこい袋の『リア様』が側にいるのだ。


 そして、リア様はあちこちにいるから、国中の人達といつもたくさんお喋りをしている。

 どうやら『リア様はひとり』だけど『リア様の分身』がひとりひとりの側にいるという感じらしい。


 そんなリア様は『神儕しんせい繋傳けいでん』と呼ばれる、神々と俺達を繋いでくれる大切な存在だ。


 人は神々とは遠すぎて直接言葉を交わしたりお姿を拝することはできないが、リア様が神々のご意志を俺達に、俺達の願いを神々に伝えてくれる。

 ふよふよと浮きながら人々と話をしては、楽しそうに跳ねたり転がっている姿を何処ででも見かける。

 子供から大人達までリア様のことを『神儕しんせい様』とか『繋傳けいでん様』と呼び、親しく接しているのだ。


「あっ!」

「何、リア様っ?」


『警報っ! 南西・低空、魔禿鷲まとくしゅう!』


 いつもとは違う、複数の音が重なったような耳障りのする声を出したリア様の『警報』が終わらないうちに、俺は上着を片手に部屋を『飛び』出す。

 窓から外へ、立てかけてあった『風破板ふうはばん』を左足先に引っかけ、魔力を使い風に乗り、走るように空へと浮かび上がる。


 魔力を流すと風破板は靴の裏に吸い付くように固定されて、体勢が安定すると速度も増す。

 両足を乗せるだけの板状だが『舟』の形をした風破板は、魔力を帯びると風を捉えて突き進む。


 俺達の向かう低空なら、この風破板で充分だ。

 魔鳥の一種である魔禿鷲まとくしゅうのいる空域へ、俺は高度を上げる。


 上着を纏い、しっかりと首から下までのボタンを閉め終わると風の中で少し凍えた身体に温かさが甦る。

 鼻から息を吸い、口からゆっくりと吐きつつ身体の中に魔力が循環するのを感じとる。


 頭の上に乗っていたリア様も、いつの間にか俺と併走して飛んでいる。

 袋を紐で閉じたようなリア様の『閉じ口』が少し緩んで、魔力を凄い勢いで噴射して推進しているように見えるんだよな。

 ……この飛び方で、どうしていつも袋の中が空っぽにならないか不思議なんだが。


「あそこだよ、ヴィリオン」

「もう少し速度、上げる」


 膝を曲げ、腰を落として両足を踏ん張る。

 風破板には『金属板』が貼られていて、それに魔力が通るとぐぐん、と速度が上がる。


 日差しが少しきつくて眩しいが、魔禿鷲まとくしゅうの風切り羽の燦めきと他の場所から駆けつけた『空撃師くうげきし』達の姿を捉えた。

 フィエムス、セーエラ、ルティアを見つけ、彼等が押しとどめている魔鳥の攻撃に加わる。


「ヴィリオン、囲みはできている! 上へ!」

「解った!」


 四羽の魔禿鷲まとくしゅうを空間を制する魔法の檻に閉じ込めるセーエラ、その檻から逃がさないように電雷の網を巡らせるフィエムス。

 俺は【湧水】の魔法で放水攻撃をするルティアの『水』に『浄化作用』を付与するため魔鳥の真上に上がった。


 それと同時くらいに突風が俺達を襲う。

 今、俺達が留まっている高さは、魔鳥が乗ってくる強い熱風が吹くのだ。


「きゃっ!」


 ルティアの悲鳴と共に彼女が放った魔法が揺らぎ、その水が上空で弾け飛んだ!

 その一部が俺にざばっとかかり、思わぬ事態に俺は風破板の均衡を崩してしまった……うわわわっ!


「ヴィリオンっ!」

「……エルス! あ、ありがとっ!」


 丁度、駆けつけたところだったエルスが、俺を抱きかかえるように支えてくれてなんとか真っ直ぐに身体を保つ。


「【天水】!」

「【浄斎じょうさい】付与っ!」


 エルスの矢のような『雨』の全ての粒に、俺の浄化の魔法を乗せて魔禿鷲まとくしゅうへと注ぐ。

 大量の雨水と金色の浄化の光に包まれ、四羽の魔鳥は断末魔の叫びと共に『分解』されていった。

 ふぁぁーー、良かったぁ……


「間に合ってよかったよ、ヴィリオン」

「うん……本当にありがとう、エルス……今日は、北方だったんじゃ?」

「丁度、片付いて戻ってくる途中で、リア様に呼ばれてさ。空中で【転移】使ったから、少し……お腹、空いちゃったよ」


 おどけてみせるエルスに、後で一緒に食事をしようと約束する。

 リア様には、その時に大好物の飴菓子をあげよう。

 俺とエルスはみんなのいる辺りまで降り、無事を確認して近くの『錘地すいち』に降りる。


 錘地は空に浮かぶ『大地』で、俺達空域の民が生まれ、暮らす場所。

 おもりのようなものが地の中にあって、天までは飛んで行かないが海域うみいき陸域りくいきにまでは落ちない。


 空こそが、俺達の生きる場所で守るべき故郷。

 俺達は、この空域の国『アーレント帝国』を蝕む魔鳥と戦う家門だ。


「ヴィリオン、大丈夫だったか?」

「うん、フィエムス。ちょっとぐらついただけ。エルスが来てくれたからさ」

「ああ……そうだな。よかったよ、間に合って……」


 フィエムスはそう言って安堵の溜息を漏らすと、きっ、とルティアに厳しい視線を向ける。

 え、別になんともなかったし、ちゃんと退治できたんだから、もーいーじゃん?


 でも、どうやらフィエムスだけでなく、セーエラも随分と怒っているみたい……

 なんか……険悪な感じのまま、取り敢えず俺達はその錘地の『待機基地』へと向かった。

 うーん、俺、こういう重い雰囲気、苦手ぇぇ……

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