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 もしも立場が逆だったら、さっき驚かせたことの仕返しにこちらも驚き返してやろう、と白藤の宮は思ったと思うけど、若竹姫にはそんな気持ちは全然ないように思えた。(童のころから真面目な子だった)

 若竹姫はとても真剣な、真っ直ぐで透明な目をして、てきぱきとただ、目の前にある食材の調理に集中している。

 鳥の巣の小さな台所には、とんとんとん、という気持ちのいい若竹姫が握っている小さな包丁の野菜をきる音だけが響いている。

 そんな若竹姫の姿を白藤の宮はただじっと(驚いた顔をして、まじまじと)見つめていた。

 ただ調理にだけ集中をしている若竹姫はそんな白藤の宮には気がつかずに、鳥の巣の裏にある畑で取れた(白藤の宮の暇つぶしは野菜を育てることだった。だけど暇つぶしとと言っても白藤の宮の育てた野菜はどれもすごく愛情がこもっていた)新鮮な野菜を同じ大きさに切り、それをあらかじめ桶の中に汲んであった森の水(あとで聞いたら井戸の水のようだった)を入れた土鍋の中に入れていく。

 新しい薪を入れて、藁を持ち、火打ち石を打って火をつける。(火はぱちぱちとそしてやがて力強く燃えはじめた)

 種火を竈門の中に入れて、竹筒を吹いて火を大きくする。(顔がちょっと熱くなった)

 団扇をあおいで火をさらに強くする。(火はもっと強くなった)

 土鍋(亀の絵が描かれていた。少し下手な絵だった。白藤の宮が自分の筆で描いたのかもしれない)を竈門の上に置いて、野菜をゆでて温める。

 若竹姫のそんな動きを見ながら、白藤の宮はお米を水でといでいる。(それはとても淀みのない手慣れた動きだった)

 若竹姫の動きは、まるで自分(白藤の宮)そっくりだった。

 もう一人の私がそこで今、私の代わりにお食事の支度をしてくれているようだと思った。(本当にそう思った。あるいは自分の成長した娘がそこにいて料理を手伝ってくれているみたいだと思った)

 白藤の宮はお米を炊くための土鍋(鶴の絵が描いている土鍋だった)に研いだ白いお米と森の水を入れる。

 そこでようやく若竹姫はふと我にかえったように、そっと隣にいる白藤の宮の顔を見た。(いいところを見せようと思ってお料理に集中しすぎていたことに気がついたのだ)

 そのころにはにはいつもは隙だらけに見えても、本当は隙なんてあんまりない白藤の宮の顔はいつもの顔に戻っていた。

「? どうかしましたか? 白藤の宮」

 じっと自分を見ている白藤の宮を見て、不思議そうな顔をして若竹姫がいう。

「いいえ。別になにも」

 にっこりと笑って、手の動きを止めないままで、白藤の宮は(にんまりと笑って)そういった。

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