第42話 紅涙

「さて、仲間の数や能力、配置や計画についてジックリと聞かせてもらおうかな。何も言わなくていいよ、勝手に読み取るから」


 バウマンの頭に掌を載せ、【変身】の応用である『全貌鑑定』を発動。脳構造とリアルタイムでの脳活動を把握する。【電脳】による脳波の読み取りと合わせれば、読心と似たような事が出来る。


 ──違和感。


「何だ……?」


 違和感。


 【電脳】による読み取りがスムーズに進まない。アクセスがブロックされている。予め脳に防壁を施しておいたのか。否、それだけでは説明がつかないほど読み込みが遅い。


 リアルタイムで抵抗されている。

 バウマンが自力での脱出を試みている。


「ふむ、こうやるのか。やはり実体験はいかなる教材にも勝るね」


 穏やかな声によって紡がれる言葉は滑らかで、先ほどまであった舌のもつれはもう無い。


 リヒトの【電脳】から脱出し始めている。

 リヒトの【電脳】に、地頭の演算能力で対抗している。


「……マジか」


 精神干渉を受けた瞬間からその術理を分析し、即興で抵抗している。


「マジかよ……!」


 抑え込むために【電脳】の稼働率を高めるリヒトの脳裏を、バウマンの持つ無数の異名が駆け巡る。


 『悪魔の頭脳』『人型演算器』『怪物』『巨星』『全知に最も近い男』


 『超人』

 

「フォン・バウマン────!」


 リヒトは両手でバウマンの頭を包み、【電脳】による精神干渉を更に強める。これ以上は脳に不可逆的なダメージを残しかねないが、今ここでバウマンを逃すくらいならやむなしと判断した。


 しかし、


「遅いねぇ」


 バウマンが憐れむように告げる。同時、両者の足元て凝固していたナノマシンが溶け出し、リヒトの両足を拘束する。


「初めからその出力で攻めていれば、私に勝てぬまでも大きなアドバンテージを得られたろうに。今さら不殺にでも目覚めたのかい? いやはや、『情にさおさせば流される』とは良く言ったものだね」


 リヒトは応えず、無言でシバリングを発動。衝撃が足元を駆け抜け、拘束は砕け散った。


 と同時に、凄まじい速さでバウマンの眼前から遠ざかり、物陰へと消えた。


「また建物の中へ隠れるつもりかい? 魔力出力が無いとは言え、君の姿は確かにそこにある。この街に張り巡らされた監視カメラに映らず逃げ切ることは──と」


 言いながら、カメラやセンサからのデータをチェックしていたバウマンの声が、止まった。


 どの機器もリヒトの姿をとらえていない。


(光学迷彩……【変身】の応用でどうにでもなるか。とは言え、今まで使わなかったということは何かしらの理由があるはず。ま、どの道、赤外線センサーや電磁波センサーを誤魔化し続けるのは不可能だろう)


 バウマンはそう考え、作戦を切り替えることにした。



(さてどうするか。長くは持たない)


 リヒトは思案していた。

 今、リヒトが身に纏っているのは、バウマンの推察通りの透明マントである。マント表面に埋め込まれた膨大な数のマイクロカメラで周囲360度の風景を撮影し、本来の風景を逆算した後、それを超高解像度のフレキシブルディスプレイに出力することで成り立っている。

 リアルタイムの映像処理、映像合成、背景の3Dマッピング、視点補正、死角補完、色調整、排熱、そして莫大に要求される電力供給エトセトラは全て【電脳】で請け負う。


 本来ならばスパコンと大容量電源とに繋いで、実験施設の中で実現させるはずの試作品であった。まだ創られてすらおらず、リヒトが政府から設計図を頂戴し、【変身】で再現したのである。


 一分も維持できないし魔力消費も馬鹿にならない。何より逃げる方向はバレているのだから、大まかな位置は既に把握されている。


 そうまでして身を隠し、全神経を集中して確かめたいことがあった。


(……なるほど、やっぱりね)


 それは、生存者の確認。

 己が魔力知覚を限界まで高め上げ、階層全域、床や壁を伝う微細な気配まですべて拾い上げた。


 いる。

 リヒトとバウマン以外の者が。


「600人以上か? 凄いな。数えきれない」


 嘆息した。数の多さに、ではない。

 リヒトの知覚能力をもってさえ確かめきれないほどの隠密能力の持ち主がいる。

 それはつまり、敵対者たちがこの世界でも最高峰の実力者であることを意味していた。


 リヒトの呟きに応えるかのように、街頭スピーカーが声なき声を上げた。電源が入る瞬間の、かすかな音だった。


『あ、あ〜。テス、テステス。It's fine today.It's fine today.聞こえるかな、数合すごう理人りひとくん』


 嗄れ声が聞こえた。けたたましい金属音の中、バウマンの声は朗々と響く。


『君については調べさせてもらった。その孤独な生い立ちについて、ね。異世界での事も聞いたよ、ハスラウたちからね。いちいち詳らかにするつもりは無いが……共感できると思った』


 バウマンの一言をリヒトは無言で、無表情のまま、聞いていた。


『少々アンフェアに感じるから、私の話をしよう。ウィキに載るような既知の情報じゃつまらない。とっておきをひとつ──幼い頃から、私は映画が好きだった』


 バウマンの語りは滑らかに続く。


『現実の退屈さに対し、映画の世界は奇想天外摩訶不思議。魔法のようだ。だから、13歳の私は映画監督になった。当時にしては最高の人員を揃えたつもりだった。しかし、製作はすぐに頓挫した。……退屈だったんだ。名優も名脚本家も、いざ話してみると凡人だった。何のことは無い。神童の親が神ではないように、非凡な映画の制作陣は別に非凡ではなかった。それだけの話だ。しかし、13歳の私にその事実は重かった。それは私の、最初で最後の挫折だった』


 だから、と続ける。

 私はやり方を変える事にした。現実に映画という虚構を作り上げるのではなく、虚構を実現する理論や装置を世に送り出す。量子論、コンピュータ、インターネット、色々と作ったよ。一番は核だね! ニューメキシコでキノコ雲を見た時はひどく爽快だった。アレ以上の経験は未だに無い。……君となら、アレを超えられると思っていたんだ。だが、君は私を裏切った。今の君は退屈だ。瓶の蓋を開け炎天下に放置したコーラも同然。ヌルくて甘ったるい。刺激はゼロ。おおかた天花寺エレナに絆され、命の価値とやらを見つめ直し、出来ることならば殺したくないだとか、この私を前にしてすらそう思っているのだろうね……いやはや、まったく──




 ……ちっ。

 ちっちっ。

 ちっちっちっ。


 ノイズの如きその音はバウマンの口から放たれているらしい。舌打ちに似ているが、少し違っているようにも思える。何らかの激情に吃っているようだった。


『陳腐! チープ! 何たる三文ジュヴナイル!』


 バウマンは絶叫する。


『凡庸にも程がある! 私は君となら最高の展開にできると思っていたのにッ! 安っぽいセンチメンタリズムで手を抜くだなんて! ……紅涙を絞るとはこの事だ。失望を禁じ得ないよ。したがって、顔を突き合わせての語らいはもう終わりだ。血も涙も無い鉄人軍団を指揮して、君を無力化するとしよう』


 指を鳴らす音が響き渡った。


『さて。影の勇者、不死身の死神、最強の暗殺者として悪名を馳せた数合理人は、気高き少女エレナとの邂逅により、人の心を取り戻したのであった。しかし運命は非情にも、彼に残酷な天秤を突きつける。仮にも人間たる兵士たちに包囲されるリヒト。彼は殺すのか? 殺さないのか? あるいは殺されてしまうのか?』


 

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暗殺者だってバズりたい!〜異世界最強の暗殺者、魔王といっしょに現実へ帰還してバズりまくり、無双系ダンジョン配信者になる〜 会澤迅一 @eyesjin1

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