第51話 やるな!!



 すっとぼけるアルテミス。

 わざとしているとか、相手の怒りを引き出そうとしているとか、そういう感じは見受けられない。


 普通に覚えていない感じである。

 むしろ、そっちの方がショックは大きいだろう。


 ああ、ほら……ウキウキで話しかけてきていた男が、プルプル震えているではないか。

 俺は必死に笑いをこらえているが、むしろ仲間であろう囲んでいる連中が幾人も噴き出している。


 可愛そう……。

 でも、他人がこんな感じになっているのは、すっごく愉悦できる。


「いや、明らかに君の知り合いだぞ」

「うーん……でも、まったく思い出せにゃい。思い出せにゃいということは、大したことがないということよ。無視するにゃ、無視」


 俺の助け舟を沈めるアルテミス。

 そんな堂々と……。


 ほら、相手さんの頬がめちゃくちゃ引きつっているぞ。

 僕は関係ないです。


 二人でよろしくやっていてください。どうぞ。


「ふ、ふふっ。昔と変わらず、人の神経を逆なでする態度。そうして、相手を怒らせ冷静さを失わせ、容易に仕留めることができるようにする。私には通用しませんよ、2号」

「いや、本当に忘れていただけにゃんだけど」


 せっかく相手が納得しようとしているのに、現実を叩き込むのは止めようよぉ!

 というか、男は先ほどからかたくなにアルテミスのことを2号って呼ぶ。


 全然いい。全然いいんだけど、なんか面倒くさい過去話とかに付き合わすのは止めろよ。

 お前らの過去、まったく興味がないから。


「ってか、2号2号うるさいにゃあ。もうその名前で呼ばれることなんてないと思っていたんだけど」

「私にとって、あなたはいつまでも2号ですよ。切磋琢磨した仲間なのですからね」


 知り合いではなく、仲間同士だったのか。

 ……裏社会の仲間?


 これ、不味くない?


「あー、うっざ。……ご主人、女の過去を詮索するのはダメだからね?」


 窺うように俺を見上げるアルテミス。

 いつものようにふわふわとした捉えどころのない雰囲気だが、どうにもこちらを観察してくるような気配がある。


 ……俺がアルテミスの過去に首を突っ込めば、物理的に首に刃物でも突っ込まれるのだろうか?

 内心震え上がる。


 ここで選択肢を間違ってはいけない。

 俺はふーっと息を吐き出し、心を落ち着かせる。


 選べ、最適解を!


「いや、別にしないよ」


 俺の言葉を受けて、アルテミスは目を丸くする。

 予想外の答えだと言わんばかりに。


「……普通、気にならない?」


 いや、気にならない。

 他人に興味ないし。


 というか、俺のことしか興味ない。


「過去に何があったか、何をしていたかは、俺は気にしないんだ。それよりも、今、この瞬間に、俺の隣にいてくれている。そちらを重視したい」


 過去、殺人鬼でも、現在俺の役に立つ肉盾ならば、俺は受け入れよう。

 ……まあ、必要以上に近くにはおかないけどね。


 怖いから。


「だから、アルテミスにどんな過去があっても、俺は今のアルテミスを大事に思っているよ。2号なんて名前じゃなく、アルテミスとしての君を受け入れよう」


 ぶっちゃけ、呼び名なんて何でもいいのだ。

 猫野郎でも、酒パクリ野郎でも、何でもいい。


 そいつだと分かるのであれば、まったく問題ないのだ。


「……器が大きいにゃあ。まあ、あの時からそれは知っていたけど、改めて時間するわ。褐色おっぱいと白髪が夢中になるのも、ちょぉっとわかる気がするにゃ」


 アルテミスの雰囲気が和らぐ。

 どうやら、俺は正解の選択肢を選んだようだった。


 まあ、俺には常に成功がついてくるからな。

 俺がミスすることはありえないし、仮にミスをしたとしても、それは俺ではなく他人のせいである。


「っていうわけだから、みゃあのことはアルテミスって呼ぶにゃ。……あ、やっぱり呼ばないで。気持ち悪いから」


 ドライすぎない?

 それでも笑みを浮かべている相手の男に、俺は少しながら感心してしまう。


 まあ、つらの厚さなら負けないけどな!


「……随分と腑抜けましたね、2号。同じ組織にいた時は、もっと強く、冷たく、悍ましかったというのに」

「野良猫だったからね。飼いならされたら、そりゃ牙も抜けるにゃ」


 飼い、ならす……?

 相当自由にお暮しになられていますよね、クソ猫さん。


「そうですか。では、ぜひとも昔のように戻ってもらいましょう。今のあなたは必要ありませんが、昔のあなたは必要です。誰に気づかれることなく、一瞬で標的を暗殺していた、あの時のあなたが」


 まさかの寝取られ展開……?

 ごめん、俺にそっちの趣味は……。


 いや、恋愛的にダメージを受けることはまったくもってない。

 自分の手駒を乗っ取られるダメージは受けるだろうが。


 まあ、その辺りは若いお二人で好きに話し合って、どうぞ。

 俺は関係ないから。


 もう帰っていい?


「そのためには……あなたが邪魔ですね、バロール・アポフィス」


 ひょっ!?

 まさか俺に矛先が向けられるなんて微塵も考えていなかったものだから、激しく狼狽する。


 俺が邪魔……?

 ただそこにいてくれるだけでありがたい存在に、なんということを……。


「殺しはしません。あなたには利用価値がありますから」


 はあ?

 俺を利用するとかどれだけ人生舐めてるの?


 俺が他人を利用することはあり得ても、その逆はありえないのだ。

 ……利用価値がなかったら、殺していたの?


 やりすぎじゃない?


「2号を元に戻すため、そして裏社会の操り人形になってもらうため、少々痛い目にあってもらいましょう。やれ」


 やるな!!

 俺の内心の叫びも届かず、周りを囲んでいた連中がなだれ込む。


 いやぁ!

 こんな大勢の人、同時に相手できないよぅ!


 こんな数に、アルテミスはたった一人で戦わなければならないのか。

 大変だな……。


「あー……みゃあの飼い主に手を出してもらっちゃあ困るにゃあ」


 スッと前に出るアルテミス。

 俺はキラキラとした目を彼女に向けた。


 アルテミスさん!

 さすがっす!


 じゃあ、ある程度時間稼いでね。

 俺、帰るから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る