第49話 困りました



 シルティア邸から逃げるようにして飛び出し、王都を歩く。

 部屋の中に入ってきていなかったアルテミスとも合流する。


 まず、外を歩くのが棄権だ。

 やっぱり、引きこもりこそ最高にして至高である。


 というか、裏社会に狙われていることを知っているんだったら、俺を呼びだしてんじゃねえよ!

 そもそも、なんで俺が狙われないといけないんですかねぇ……。


『モテモテですね、ご主人様。この書類にサインしてもらっていいですか? もっとモテるようになりますよ』


 そう言って、スッと書類を差し出してくるナナシ。

 遺言状って書いてあるように見えるんだけど?


『…………?』


 小首をかしげるナナシ。

 誤魔化し方ドへたくそだな、お前。


 俺がもう裏社会に確実に潰されるみたいな判断止めろ。


『そういえば、ご主人様。ちょっと本を買って行ってもいいですか?』


 何の本だろうか?

 ナナシが欲するものだから、ろくでもないものなんだろうが……。


 まあ、お前の金なら何の文句もないぞ。

 俺の懐は全く痛まないし。


『ちっ、ケチですね』


 お、お前……主人に舌打ちって……。

 じゃあ、先に行っているからな。


『はい』

「ありゃ? ナナシはどこに?」


 スタスタと歩いて行ったナナシを見て、アルテミスが不思議そうに首を傾げる。

 うーん……本屋に行ったと言えば、こいつもどこかに連れて行けとうるさそうだな。


 ここはひとつ、小粋な言い訳を考えて……整いました!


「野糞だそうだ」

「えぇ……」










 ◆



「……今、とてつもなく腹立たしくなったのですが、どうしたのでしょうか?」


 ふとナナシは空を見上げる。

 青空と白い雲。


 そこに、バロールの満面の笑みが浮かんできたので、露骨に舌打ちをして視線を切った。

 ナナシがわざわざバロールの下から離れ、単独行動をしてまで入手したかったアイテム。


 それこそが、蔵書。

 様々な知識や情報が詰められた素晴らしいものだと、ナナシは認識していた。


 自分の追い求める答えも、必ずどこかに載っている。

 しかし、本は一期一会。


 自分の本当に求める運命のものとは、なかなか出会えないものだ。

 今回はそれが正しいものなのか、ナナシは鉄仮面の下でドキドキとしていた。


「さて、ありましたね。これをください」


 そして、彼女は見つけた。

 運命の本になる可能性があるものを。


 中身を拝見できていないが、その題名は彼女を引き付けるには十分だった。

 店員に本を差し出す。


「はい……」

「どうしました?」


 なんだかもにょもにょとした態度の店員。

 別にそれくらいで気分を害することはないが、不思議に思うのも事実。


 尋ねれば、おずおずと返してくる。


「いえ、置いておいてなんなんですが、この本が売れるとは思っていなかったので」

「自信をもってください。需要はここにありますよ」

「え、ええ……」


 ナナシはお金を渡すと、意気揚々と帰っていく。

 ドケチな彼女がこんなにも気持ちよくお金を支払うことなんて、めったにない。


 それほど、嬉しかったのだろう。

『財産かすめ取り完全マニュアル ~奪取から逃走まで~』という本は。


「……あの人、どんな生活をしているんだろう」


 店員の疑問に答える者は、もちろん誰もいないのであった。


「さてさて、早く帰らなければ。ご主人様が寂しがっているでしょうし」


 ナナシはウキウキで帰宅途中である。

 普段ならまったく考慮しないバロールのことまで考えていた。


 さっそく本の中身を精査し、実行しなければ。

 それに……。


「……本当に私を置いて帰りそうですね。へばりつかないといけませんし、さっさと戻りましょう」


 のんびり帰っていたら、すでにバロールたちは領地に戻ってもぬけの殻になっている、なんてことも十分に考えられる。

 メイド遺棄事件である。


 普通はそんなこと考えられないのだが、あの男ならやりかねない。

 マイナスの方向で信頼しているので、ナナシの歩く速度は速くなる。


 表通りではなく、近道のため裏路地に入っていく。


「まさか、自分から人目につかない場所に行ってくれるとはな。危機感のない奴だ」

「好都合だ。さっさと攫うぞ。あいつを使ってバロールとかいうのを脅すらしいからな」

「ミスったら、俺たちが殺されちまうしな。さっさと終わらせようぜ」


 そんな彼女をつけていた者たちがいた。

 裏社会。


 シルティアに説明された彼らは、すでにバロールに接近しようと動き始めていた。

 随分と優しい領主様だと話題である。


 そして、そういう者は、本人を直接攻撃するよりも、その周りを攻撃することの方がはるかに効果的であることを、彼らは知っていた。


「おや? あなたたちは……」


 裏路地を塞ぐように、立ちふさがる。

 もちろん、挟み撃ちだ。


 前後にいかつい男たちがいて、ナナシはそれでも無表情のまま首を傾げる。

 自分が狙われる理由はどこにもない。


 バロールはともかく。


「悪いな。あんたに恨みはないが、大人しくついてきてもらうぜ」

「抵抗しなかったら、無駄に痛い目に合わせることもしねえよ」

「ちょっと変なところに手が当たるのは許してくれよな」


 彼らからすれば、何とも紳士的な対応だ。

 何も言わずに武力行使し、殴りつけて攫うということの方が性に合っているし、事実今まで何度もしてきた。


 だが、そんな乱暴をすれば、ぽっくりと命を落としかねないほど華奢なのがナナシだ。

 彼らは慣れない【紳士的な】対応を心掛ける。


 ナナシはそんな彼らをしばらく凝視して……。


「はあ……」


 ため息をついた。

 場違いだが、それくらいなら彼らも特に反応を見せることはなかっただろう。


 少しとはいえ彼らをうろたえさせたのは、その目だ。

 黒い黒い……闇そのもののような暗い瞳が、彼らを凍り付かせた。


 光を一切宿さない漆黒。

 貧困街で地獄を見た者でも見せないような目に、彼らは無意識ではあるが、怯えた。


「身代金目当てですか? いずれ私の財産となるものを減らすわけにはいきませんね……」

「自分の主のことは気にしないのか……?」


 困惑する彼ら。

 しかし、そもそもバロールにとって彼女は人質の価値はない。


 笑顔で見捨てるだろう。


「全力で逃げます」


 それを知っているからこそ、ナナシは逃げるという選択肢をとる。

 自分だって、バロールが人質にとられていたら見捨てる。


 遠慮なく見捨てる。

 だからこその行動である。


 自分の身を守るには、自分の力で切り抜けるしかないのだ。


「大人しくしとけば危害は加えないって言っただろ。逃げるって言うんだったら、お前の足をへし折るぞ」


 しかし、それを彼らは邪魔をする。

 こんなところで彼女を逃がせば、殺されるのは自分たちだ。


 絶対に逃がすことはできない。

 それに、優しく攫う、なんて柄にもないことをするよりも、いつも通りした方が確実性が高い。


 抵抗してくれるのであれば、歓迎しよう。


「いやはや、困りました」


 じりじりと距離を詰められてきているナナシは、そう言葉を発した。


「――――――ええ、困りました」











 ◆



「ふう。思っていた以上に時間がとられました。ご主人様を狙ったものですから、すなわちご主人様のせい。特別ボーナスを出していただく必要がありますね」


 汗ひとつかいていない額をぬぐうそぶりを見せるナナシ。

 自分が本を買いに行くために単独行動したことは、すでに棚に上げられている。


 彼女は細い路地裏を、【誰にも邪魔されることなく】歩き出した。


「さて、帰りましょう」


 ナナシが去った後、静かになった路地裏が残された。

 物言わぬ骸となった、男たちが横たわっていた。



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