第48話 脳内決定
シルティア邸に到着すれば、すぐに案内される。
一つの部屋に案内されると、そこには当然のようにシルティアが待っていた。
そっちの方が地位は高いんだから、後から入って来いよ。
形式的にとはいえ、謝罪するのが嫌なんだけど。
ちなみに、地位はあちらの方が高くても、人間としての価値は俺の方がはるかに高いのであしからず。
「久しぶりねー。全然遊びに来てくれないんだから、悲しいわ」
そんなことを言うシルティアに、俺は苦笑いである。
なんで好き好んでお前と顔を合わせないといけないんだよ。
罰ゲームかよ。
「ははっ。私も領地があるものでして」
「でも、今は王都にいるでしょう? 遊んで面白いことをしてくれないと、私の派閥に命令して排斥しちゃうわよ」
やんわりとした拒絶も、逆に脅迫される。
なんだこいつ。
面白いことをしてくれないと脅迫ってなんだよ。
許せねえわ。
「嘘よ。今そんなことをしたら、レスクが黙っていないでしょうし。あいつ、あんたのことが大好きみたいよ」
俺の反応を楽しんでいたのだろうか、シルティアはそう言ってあっさりと険をとった。
レスク……こいつと同じく四大貴族の一人である。
ケルファインを潰すとき、こいつの力も借りた。
まあ、恩なんて感じていないけど。
絶対に何も返さないぞ。
しかし、レスクが俺のことを大好きか。
……いい感じで利用できないかな。
「有難いことですね」
「本当にそう思っているのかしら。四大貴族を潰した男が」
楽しそうに俺の顔を覗き込んでくる。
なに見てんだ、ぶっ飛ばすぞ。
それに、ケルファインはなんか知らんうちに勝手につぶれていただけだぞ。
高みの見物をしていたらいきなり襲い掛かってきたのはかなりビビった。
「あれは面白かったわぁ。あのケルファインのポカンとした顔! あははっ! 思い出したらまたお腹痛くなっちゃう!」
なんだこいつ。最低だな。
俺は内心で唾を吐く。
人が落ちぶれた姿を見て笑うのは、クズだ。
他人を見て笑うのは、常識的によくないことだ。
俺? 俺はセーフである。
世の中の常識からは超越した存在だから。
「ねえ、知っている? 今、あんたのことが貴族議会でとても話題になっていること」
「いえ」
このつまらない会話が早く終わらないかな、と神に祈る。
そもそも、神なんて信じていないけど。
むしろ、俺という存在が神。
「あのケルファインを潰したんだもの。いくら宮廷貴族でないとはいえ、無視できない。いいえ、宮廷貴族でないからこそ、無視できないのね」
何言ってんだ、こいつ。
俺は一切口出ししないから、好きにやっとけよ。
アポフィス領を巻き込むことは許さんが。
俺を養ってくれる領地だからな。
「宮廷貴族でないのに、貴族議会で力を持つ。……ふふっ、こんなの、今までいなかったでしょうね。面白いわ」
何でもかんでも面白いって言ってない、こいつ?
俺は全然面白くないんだけど。
誰が貴族議会で発言力が欲しいなんてことを言ったんだよ。
「しかも、もっと面白いことが起きそうだしね。本当、あんたを見ていると退屈しないわ。今からでも私の派閥に入らない? 近くで見られた方がいいわ」
「いえ、結構です」
にっこりと即答である。
こいつの派閥に入ったら、こいつの操り人形として遊ばれ、飽きたらあっさりと捨てられそうだ。
俺が操り人形で遊ぶのはいいが、逆はダメだ。
「それより、面白いこととは?」
不穏な言葉は聞き逃さない。
それが、バロールクオリティ。
これだけ聞いたら、さっさと帰ろう。
こいつと必要以上に話したくないし。
「ええ、それがあんたを呼んだ一番大きな理由なんだけど」
シルティアも特に抵抗することなく、教えてくれる。
彼女は俺を見て、ゆっくりと口を開いた。
「あんた、裏社会って知ってる?」
「反社会的勢力の作り出す社会のことですか?」
なんとなくではあるが、答える。
明確な定義を知っているわけではないが、よく表と裏という表現はする。
堅気では生きていけない、反吐が出るようなクソ共が集まる場所という風に認識していた。
『似た者同士では?』
ナナシくん、クビになりたいのかな?
「まあ、それでおおむね間違っていないわ。悪い奴っていうのは、影に隠れてコソコソ悪事を働くものだけど、王都の影はとても濃い。だから、そういった連中は表の社会と似たような社会秩序を作り出すの。反社会的勢力によって作り出される秩序こそが、裏社会」
悪人による秩序か。
俺みたいな善人には想像できないところだ。
もちろん、危険そうなので絶対に近づくつもりはない。
「表では受け入れられない人間が集まる場所。表でできないことを裏でする。殺人依頼とかね」
逆に言うと、表でできることが裏でできないということもある。
一長一短なんだろうな。
後ろ暗い奴は裏社会の方が生きやすいだろうし、まともな奴は表社会の方が生きやすい。
……あれ? 俺はどっちでもそこそこ生きづらそうな感じがするぞ?
世界そのものが間違っているのかな?
「その裏社会を牛耳っているのが、いくつかの非合法組織。表に出てきたらすぐさま取り締まられるような、悪事を堂々とやる連中なんだけど……」
どこでも仕切りたがりというのは出てくるもんなんだなあ。
人間の性かね、これも。
そんなことをのほほんと考えていると、シルティアは俺を見てにっこり。
「なんか、それがあんたを狙っているみたいなのよね」
……モテ期か。
はっはっはっ、そうかそうか。
反社会的な奴らが、俺を狙っているのか。
……なんでやねん!
もう勘弁してくれよ!
俺はただ他人がアポフィス領を経営して、その金で気楽にのんびり生きていきたいだけなのに!
「あんた、ケルファインを殺したのよ? 注目されるに決まっているじゃない。いい意味でも悪い意味でも、ね」
俺は殺してねえ!
とんでもないこと言いやがる。
風評被害も甚だしい。
殺したのはお前らで、俺の手はきれいなままだぞ。
「貴族議会は、今あんたの意見も通るわよ。それ、かなり凄いことなのよ」
やるじゃん、とグリグリひじを押し付けてくるシルティア。
痛い。
というか、いらねえ!
貴族議会で意見を通したいなんて思ったことがない!
国の行く末なんて、俺は決めたくない!
責任とか絶対に取りたくない!
「どこの派閥にも属していないし、後ろ盾がないから余計にでしょうね。あんた、カモなのよ」
電流が走る。
つまり、どこかの派閥に入って、後ろ盾を手に入れられれば、裏社会から狙われない……?
派閥争いとかクソだから絶対に入るつもりはなかったけど……。
俺氏、シルティア派閥に電撃加入を脳内決定。
レスク? 知らん。
「あー、楽しみだわあ。裏社会とあんた、どっちが勝つのかしらね。今度は、私も手を貸さないわよ。あんたがどんなふうに踊ってくれるのか、ずっと見させてもらうわ」
ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべるシルティア。
俺氏、レスク派閥に電撃加入を脳内決定。
シルティア? 知らん。
「面白くしてよね。じゃないと……私があんたを潰すわよ」
ひぇ……。
笑ってはいるが、目は笑っていない。
ドスの利いた声に、俺は心底げんなりするのであった。
ババアの無茶ぶりがひどい……。
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