第3章
第46話 出禁
王都は、強い光に当てられている場所だ。
王国の中で最も栄え、最も人が多く、整備されている。
国家の中枢ともいえる貴族議会もあり、まさしく国の中心地だ。
そんな光が強ければ、生まれる影も濃くなる。
人が多ければ、格差も生まれる。
代表的なものが、貧困街だろう。
きらびやかな表通りから少し外れた路地裏には、うなだれたり座り込んだりしている人々が目に入ってくる。
彼らは、この王都の下層に位置する者。
働くこともできず、庇護されることもできず、ただ毎日惰性で生きている。
必死に命をつなごうと、数少ない食料をめぐって殺し合いだって起こる。
殺人、略奪、窃盗、恫喝。
ありとあらゆる犯罪が起きて、そして死んでいく。
そこに、治安部隊が介入することはほとんどない。
彼らを助けても、税を納めていないのだから、国にとってはメリットがない。
いわゆる、無法地帯が形成される。
そして、そういった場所は、後ろ暗いものたちの隠れ蓑になる。
王都の貧困街でも、そういった者たちが集まって……いくつもの集団が生まれる。
そんな裏の者、裏の組織が集まってできた王都の影を、裏社会と呼んだ。
「表で大きな変化があったこと、知っているか?」
そんな裏社会を支配する人間たちが、集まっていた。
表も裏も、大きな力を持つ支配者層が集まり談合するのは変わらない。
大きな力同士がぶつかり合えば、その影響は計り知れない。
お互いのため、そして社会と秩序のため、こういった会合はどの世界でも行われていることだった。
「ああ、あのケルファインが落ちたんだろ?」
「四大貴族の一人が潰れるなんてな。予想できねえよ」
彼らの話題に上がるのは、もちろんケルファインの没落である。
四大貴族の一角が潰れる。
それは、表社会はもちろんのこと、この裏社会でも大きな驚きを齎していた。
「誰がやったの? ほかの四大貴族かしら?」
「そいつらの加勢もあったらしいが、主犯はなんと地方貴族だ」
「宮廷貴族ですらないのか」
腹の探り合い、蹴落とし合いを常とする貴族議会。
その中でケルファインが蹴落とされたのであれば、まだ理解できる。
それなのに、実際にそれを成し遂げたのは、完全な外部勢力。
本来であれば、貴族議会に足を踏み入れることすら許されない地方貴族だというのだから、驚きである。
「で、その話がなんだっていうんだ?」
「バカだな。お前ら、ずっとこの裏で生きていくつもりか?」
「なに?」
剣呑な雰囲気が流れる。
大きな衝突を避けるための会合だが、小競り合いは頻繁に起きている。
裏社会ならば、なおさら食いつぶしあいは激しい。
ヘタな口をたたくだけで、この場が血の海になることだってありうるので、場に緊張が走った。
「いや、生きていくのはいいだろうが、もっと勢力を広げれば、俺たちの下にはもっと金と人が集まる。そういった規模は、裏より表の方がはるかに大きい」
「……まさか、表に出るつもり?」
怪訝そうな目を向ける女。
確かに、表の方が裏よりも規模は何もかも大きい。
稼ぎたいのであれば、裏よりも表に出た方がいいだろう。
だが、裏の世界で生きてきて、表社会でどのように生きていくのか、その方法すら分からない。
「俺たちが表で生きていけるわけねえだろ。別に、俺たちが出て行かなくても、表の奴に裏に融通させればいいんだよ」
「生半可な相手なら、意味ないわよ。四大貴族に潰される」
「その四大貴族も、俺らと手を組む必要がないしな。あいつらは独自の部隊と情報網を持っている」
裏の人間らしく、脅して自分たちの命令通りに動く表の人間を作る。
言うのは簡単だが、そうあっさりと事は進まないだろう。
操り人形を作ることは可能だ。
それだけの暴力を、彼らは持っている。
だが、その操り人形が有能でなければ、操っても自分たちに利益が出ない。
たとえ作れたとしても、あまり大きな動きをしていれば、表のドンである四大貴族に押しつぶされる。
かといって、四大貴族に自分たちを売り込むこともできない。
自分たちが請け負うような裏の仕事をこなせる人材を、すでに抱え込んでいるからだ。
後ろめたい自分たちと手を組んで、周りに露見するデメリットの方が大きい。
では、どのような奴が操り人形にあっているのか。
「かなり表でも影響力を持っていて、四大貴族ほど基盤がしっかりしていない奴」
「そんな都合のいい人間なんて……」
「いるじゃねえか。最近、生まれたばかりの」
視線が集まる。
男は獰猛な笑みを浮かべた。
「バロール・アポフィス。俺たちの傀儡になってもらおう」
◆
「ぶぇぇっくしょい、ちっくしょい!!」
盛大なくしゃみが出る。
これほど立派なのは久しぶりだな。
くしゃみが出る理由は、誰かに噂されているから、というものがあるらしい。
ふっ、俺はイケメンだからな。
王都の婦女子たちにきゃあきゃあと話題になっているのだろう。
俺、イケメンだし。
まったく、困ったな。
俺は、養ってくれて領地経営ができる女にしか興味がないから。
申し訳ない。
「……紅茶が全部私にかかったのですが?」
その声に目を向ければ、なぜか顔中をビショビショに濡らしたナナシの姿があった。
黒髪を団子でまとめ、ロングのエプロンドレスを身に着けた、見た目だけは完璧メイド。
まあ、目がすべての光を吸収するような漆黒なので、怖さがにじみ出ているのだが。
なんで濡れているんだろう?
ああ、俺がくしゃみをする直前まで紅茶を飲んでいたからか。
てへぺろ。
「ご褒美だ。喜べ」
「私はアシュヴィンやイズンじゃないんですよ? 死んでください」
「ちょっと待って。白兵戦はマズイ」
飛び掛かってくるナナシ。
テメエ! 俺はご主人様だぞ!
アシュヴィンと違って、ナナシは貧弱である。
小柄だし、なすすべなくぶちのめされることはない。
とはいえ、俺も貧弱である。
なにせ、身体を鍛えるようなことは一切していないハイブリッドだからな。
そのため、取っ組み合いになれば、何となかなかいい勝負を繰り広げてしまうのである。
きっつい。
……というか、アシュヴィンとイズンって、顔面に紅茶噴射されても喜ぶの?
それ、相当やばいんじゃ……。
「おっひさー……って、何してるの?」
そんなことを思いながら格闘を続けていると、ガチャリと扉が開く。
入ってきたのは、アルテミスだった。
黒髪はウェーブがかっており、ナナシのようにまとめていない。
不良メイドである。
頭部にはぴょこぴょこと動く動物の耳がついている。
金色に輝く目は、好奇心に合わせてキラキラと輝いている。
ふりふりとしっぽも揺れていることから、彼女がかなり興味津々なのは明らかだ。
なんでこいつがここにいるの?
「えーと……ご、護身術の練習かな?」
苦しすぎる言い訳をする。
主人とメイドが取っ組み合いになっていて、護身術の練習ってなに?
「ご主人様に襲われていました。私がムチムチな色気たっぷりのメイドさんのために……」
「幻覚でも見えているのかな?」
思わず涙が出そうになる。
ムチムチ? 色気?
いったい、ナナシのどこにそんな要素があるのだろうか?
危険な薬物でもやっているのかもしれない。
これは、クビ案件ですね……。
「ところで、どうしたんだアルテミス? 君が活動的なのは珍しいな」
「みゃあがいつもサボっているって言いたいのかにゃ?」
「うん」
「おぉ……あっさり肯定された……。しかも、雇い主に……。クビかにゃ?」
まさか。クビにはしない。
俺はサボりがちなアルテミスのことを、それなりに気に入っているのである。
こういう性格の奴がいると、非難が集中するから変わり身になるんだよな。
サボり続けていたら、さすがに許さないけど。
ずっとサボることができるのは、俺だけである。
俺の代わりに働いてもらわなければならないのだから。
「クビにならないためにも、お仕事するにゃ」
「仕事?」
「褐色おっぱいからの伝言にゃ」
おっぱい?
ナナシは除外されるな。
真っ先に取っ組み合っていたメイドを候補から外す。
褐色ということは……アシュヴィンか。
「いったぁい! 爪立てるな!」
いきなりナナシによって手に爪を立てられる。
こいつ……! 血が出るほどつねりやがって……!
主人に暴行するメイドってなに?
「言っていいにゃ?」
「ああ」
ナナシに対し、3か月の減俸を決めた後、アルテミスの言葉を待つ。
彼女は俺を見て、にっこりと笑って言った。
「しばらく戻ってこないでください、だってにゃ」
領主なのに出禁?
―――――――――――――――――――
第3章スタートです。
もし面白いと思っていただければ、星評価やフォロー登録をしてもらえると嬉しいです!
過去作『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた』のコミカライズ第7巻が発売されました。
ぜひご確認ください!
――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます