第39話 俺は常に格好いい



「だからぁ……イズン、頑張ルゥ……」

「はぁ、はぁ……」


 寝言をほざくイズンをベッドの上に寝かせ、俺は荒く息をする。

 本当なら放り投げてやりたいわ!


 こいつ、過去の話をしているうちに風呂でのぼせやがったのだ。

 もちろん、無視してもよかったのだが……まだ肉盾として使っていないからなあ。


 というか、普通はナナシがやるべきだよね?

 この俺に手間をかけさせやがって……!


 使用人仲間のケツは使用人が拭けよ!


「私のこの細腕で、イズンを運べるとお思いですか?」


 できるできないじゃないよね。

 やるかやらないかだよね。


「ブラック……」


 俺ほどホワイトな雇用主はいないだろう。

 いざというときに盾になってくれるだけで、衣食住を完備してあげる超絶有能優しいご主人様である。


「簡単な服はお前が着させてやってくれ」

「はい」


 さすがにここは拒絶してこないナナシ。

 意識のない女の着替えを男がするのはね……。


 いや、別に構わないのであればやるけど。

 劣情とか一切抱かないし。


 大きな胸もただの脂肪にしか見えない。

 まったく興味がないから、平然と着替えさせられる自信がある。


「女の子一人くらい簡単に持ち上げられる程度には鍛えておいた方がいいんじゃないですか、ご主人様」

「そういう筋肉の使い方は想定していないんだ」

「どういう使い方を想定しているんですか?」

「見せ筋かな」

「うーん、この……」


 手際よくイズンに服を着せながら、ナナシはチクチクと言葉で刺してくる。

 なんだこのメイド……。


「しかし、ケルファインとこんなつながりがあったとは……」


 ナナシにとっても予想外だったのだろう。

 俺も、正直こいつらの過去とか本当にどうでもいいから、まったく詮索してこなかった。


 だから、イズンに対する情報も、忌み子というものでしかない。

 そりゃ、まともな人生を送れていないことは明らかだったけど。


 まあ、そんな過去はどうでもいいのだ。

 大切なのは、俺の役に立つかどうか。


 役に立たないのであれば、どれほど立派な血筋や生まれだろうが関係ない。

 王族でも必要ない。


「あいつがやたらと俺に敵対的だったのは、イズンがいたからもあるのか」


 思い出されるのは、貴族議会に向かう途中、やけに絡んできたケルファインだ。

 まあ、あれはイズンが道を譲らなかったということもあるのだろうが……。


 反発心だったのか?

 心臓がキュッてなったから、二度とするな。


「それで、どうします? 今からでもイズンを切り捨てますか?」

「そんなことするはずないだろ」


 無表情でとてつもなく冷たいことを言うナナシに引きながら答える。

 こいつに人の心はないのか……。


 確かに、ケルファインが俺に目をつけたのは、イズンのこともあるだろう。

 だが、今から彼女を切り捨てたら俺が助かるかといえば、それもない。


 どうせ、もう手遅れだ。

 そもそも、暗殺者を送り込んできている時点で、もはやイズンがいてもいなくても殺される。


 なら、やられる前にやるだけだ。

 四大貴族に喧嘩なんて絶対に売りたくないが、あっちから仕掛けてくるんだったらどうしようもない。


 神頼みで死なないかな、あいつ。


「拾ったのは俺だしな。最期まで責任をとるさ」


 そして、ちゃんと恩返しもしろよ。

 まだ何も返してもらってないからな、俺。


 イズンを見ながら、俺はそう思うのであった。


「……言っていることは格好いいですね、ご主人様」

「俺は常に格好いい」

「それはない」

「!?」










 ◆



「ン~……?」


 イズンは目を開け、身体を起こす。

 まだ頭はぼーっとする。


 自分のことをバロールに知ってもらうことがうれしくて、つい夢中になって話し続けてしまった。

 誰にも話したくないような過酷な過去ではあるのだが、イズンはそれほど過去に囚われていなかった。


 アシュヴィンは復讐という意味で、過去に執着していた。

 しかし、イズンは復讐したいという気持ちはまったくない。


 過去に興味はそれほどない。

 ケルファインに対する怒りだってない。


 本当にどうでもいいのだ。

 自分はバロールに救ってもらったときに生まれ変わり、その時からしか重要ではない。


 だから、ケルファインが自分を子として見なくても、奴隷として売り飛ばしても、見世物としてあざ笑っても……どうでもいいことなのだ。


「おそようにゃ」


 そんなことをぼーっとしながら考えている彼女に、声がかけられる。

 バロールでもナナシでもない。


 そちらを見れば、ニマニマと笑みを浮かべた同僚が立っていた。

 ウェーブがかり、悪い言い方だともじゃもじゃとした黒い髪。


 ぴょっこりと頭頂部に生えた猫耳が、彼女が普通の人間ではないことを教えてくれていた。

 アポフィス領のメイドたちの制服ともいえるロングのエプロンドレスを着用した彼女は、アルテミス。


 アポフィス家のメイドである。


「おそよウ?」

「朝じゃないからにゃあ。だから、おそよう」

「んふふっ! アルテミス面白イ!」

「そうかにゃあ?」


 多少からかうつもりで声をかけたのに、心底楽しそうに笑われては何とも言えない気持ちになってしまう。

 やっぱり、この女は苦手だ、とアルテミスはこっそりと考える。


 自分の思い通りに反応しない人間は、苦手なのだ。


「それで、どうしたノ?」

「褐色おっぱいがなかなか帰ってこないご主人のことを心配して、みゃあを送り込んだにゃ」


 やれやれと首を横に振る。

 そもそも、アルテミスはこんなに活動的ではないのだ。


 もちろん、自分のためなら動きまくるが、普段はゴロゴロとしたいのが本音。

 メイドたちの中で、ナナシを除けば最古参のアシュヴィンの発言力に大人しく従っているが、すでに寄り道はしまくりである。


「褐色おっぱイ?」

「アシュヴィンのことにゃ」

「ふふふっ! 面白イ!」

「白髪はゲラだにゃあ……」


 ついうっかりアシュヴィン本人の前でも褐色おっぱいとイズンは言いかねないので、アルテミスは少しドキドキである。

 彼女の折檻は恐ろしいので、受けたくないのだ。


「ところで、こんなに遅れたのって何が原因?」

「ケルファイン」

「……こりゃまた大物だにゃあ。ご主人も大変にゃ」


 四大貴族の名前は、もちろん知っている。

 この国を支配する超権力者だ。


 一つの領地を治める貴族程度が、歯向かえるはずもない。


「大丈夫だヨ? イズンが殺すかラ」


 小首を傾げながら言うイズン。

 四大貴族を平然と殺すと言ってのけるところに、彼女の異常性が垣間見える。


 また、アルテミスもそれに一切動揺していないところが、アポフィス家のメイドたちが異常であることを示していた。


「それは頼もしいにゃ。だけど、褐色おっぱいはそれだけに済ませるつもりはないようにゃ」

「……?」

「この機会に、貴族議会でもご主人の影響力が及ぶようにしたいんだって。あいつはご主人にどこまで成り上がってほしいんだろうにゃあ」


 貴族議会に参加できる宮廷貴族は、領地を持たないという大きなデメリットを許容しているからこそ、権利を持っている。

 アポフィス領を持ちつつも、しかし貴族議会にも影響を与えようとするのであれば、それは前代未聞の試みだ。


 それこそ、宮廷貴族は全力で反発するだろう。

 それなら、自分たちも……。


 そう思うのが当然だ。

 しかし、アシュヴィンはそれをさせようという。


 アルテミスは、呆れざるを得ない。


「神様?」

「ぶっ、にゃはははははははっ! それは面白いにゃあ!」


 アルテミスは腹を抱えて笑う。

 なるほど。


 アシュヴィンなら、本当にバロールにそうなってほしいと思っていても不思議ではない盲信ぶりだ。


「むう……本気なのニ……」

「あ、こいつも褐色と一緒でヤベエやつにゃ……」


 アシュヴィンもそうだが、イズンの前で冗談でもバロールをバカにするようなことを言えば、本気で殺されかねない。

 アポフィス家のメイドと殺し合うのは面倒臭いので、できる限り避けたいところだ。


「まっ、みゃあの雇用主が簡単におっちんだら大変だし」


 日ごろはゴロゴロしておきたいのだが、バロールの危機ならば仕方ない。

 今ほどホワイトな職場はないのだ。


 全力でこの環境を守るために努力しよう。


「どうするノ? 殺ス?」

「うーん、殺意が強い……」


 ケルファインに対する当たりが強すぎるイズンに苦笑いしかできない。

 アルテミスも、別に殺さないとは言っていない。


 必要なら殺す。

 というか、もう殺すことは決まっている。


 自分のホワイトな環境を破壊してくれようとした奴に、生きる理由はないのだ。

 だが、殺すだけではなく、アシュヴィンはさらにその先へと進みたいようだ。


「貴族議会っていうのは、武力だけでどうこうできるような場所じゃにゃい……らしいにゃ。だから……」


 きらりと金色に輝く目を光らせる。


「利用できる道具を作るんだにゃ」



――――――――――――――――――――

拙作『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた~』のコミカライズ最新刊の表紙が公開されているようです。

予約もありますので、ぜひご確認ください。

――――――――――――――――――――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る