第35話 いらなかった子



 見世物小屋とは、異質なものやめったに見られない奇異なものを見せる小屋である。

 見世物にされるものには、大きく分けて二つのものがある。


 まず、奇異な行動や芸を見世物にするもの。

 強烈な幻覚魔法に囚われた人間のふるまいや、凶悪な魔物の調教などがこれにあたる。


 そして、もう一つは見た目が特異なもの。

 特別な行動や芸を披露するわけではないが、ただ見た目が珍しいという理由で見世物にされる。


 語ることも憚られるような見世物が多い中、イズンはそこにいた。


【成長した忌み子】


 これは、とてつもなく希少である。

 イズンでさえも目を丸くするような見世物が大勢いる中、彼女は瞬く間に注目を集める。


「お父さんとお母さんが喜ぶんだったら、頑張らないト……!」


 見世物小屋に売られてからも、イズンはそう健気に考えていた。

 ここにいることで、多くの人の嘲笑の目を向けられることで、それが両親のためになるのであれば……。


 しかし、不運なことは、この見世物小屋の環境は非常に劣悪だったということだ。

 ただ、金を稼げて私腹を肥やせればいい。


 そういった考えの男が主だった。

 それゆえ、見世物とされるものたちの境遇は、苛烈の一言に尽きる。


 まともな食事も与えられず、次々に衰弱死していく。

 寝床も、とてもじゃないが清潔とは言えない。


 暗く、冷たく、ジメジメとしている。

 病気にかかっても、医者に診てもらえることはない。


 金がかかるからだ。

 金を生み出すものに金をかけることは、見世物小屋の主からすると考えられないことだった。


 それは、イズンもまた同じ。

 彼女の美しかった白髪や肌はみるみるうちに汚れていき、赤い目はくすんでいく。


 忌み子の呪いの恐ろしさを知っていれば、ケルファインのように遠ざけることしかしないだろう。

 見世物小屋の主は無知であり、それがイズンに対する仕打ちにつながっていた。


 ろくな衣食住を与えられない生活は、確実に彼女の心身をすり減らしていっていた。

 だが、それだけならイズンは耐えきっていただろう。


 両親のことを想い、この責め苦を乗り切っていた。

 問題は……。


「うわっ、忌み子だ」

「この年齢まで成長させた奴は誰だよ。俺たちにまで呪いがかけられたらどうするんだ」

「でも、こんな珍しいもの、見たことないわ。やっぱり、この小屋は面白いわね」


 イズンを襲う、ぶしつけな視線である。

 見世物小屋なのだから、見世物にされるのは当然だ。


 しかし、イズンは今までたった一人で幽閉されていたため、他人から視線を向けられるということはほとんどなかった。

 それゆえに、嘲りの目というのは、イズンにとってとてつもなく衝撃的なものだった。


 みじめだと、かわいそうだと、笑われる。

 それが、どれほどつらいことなのか、イズンは今身をもって体感していた。


 ゴリゴリと心が削られていく。

 精神が弱れば、身体も一瞬で弱まっていく。


 イズンは数か月もすれば、他の見世物と同じように疲弊しきっていた。

 それでも、彼女の目にわずかながら光があったのは、やはり両親の存在である。


 自分がここにいることが、彼らにとって少しでも有益なのであれば。

 この辛く過酷な環境も、耐えることができる。


 今の精神的な支柱は、まさしく両親であった。

 生まれた時から離れ、閉じ込められていたにもかかわらず、その張本人たちを心の支えにする。


 そうしなければ壊れてしまうほど、イズンは弱っていたのである。


「うわー、すげえ気持ち悪い」

「でも、面白いよ。この真っ白な子とか」

「忌み子だな。生きる価値のない存在だ」


 自分を見て、好き勝手言っては笑う客。

 イズンは、いつからか膝を抱えてできる限り視界に客を入れないようにしていた。


 そうすれば、比較的心が傷つかずに済むのである。

 ただ膝を抱えてうつむき、時間が過ぎ去るのを待つ。


 今日もそんな一日が終わると思っていれば……。


「お父さん、お母さん! 凄い子がいるよ!」


 元気な子供の声が聞こえた。

 見世物小屋に子供が来るのは、それほど珍しいことではない。


 悪趣味な親が、子供を連れて笑いに来ることなんてよくあることだ。

 今回もそうなのだろう。


 イズンはそう思って顔を上げなかったが……。


「ああ……」

「ッ!」


 子供に応える声に、イズンはバッと顔を跳ね上げさせた。

 反応しないことなんて、できるものか。


 ああ、ああ!

 イズンの赤い目には、自然と涙が浮かんでいた。


 子供に答えていたのは、まぎれもなく自分の父……ケルファインだった。

 母も一緒だ。


 イズンは歓喜の表情を浮かべて、彼らの下に近寄った。

 もちろん、ガラスで隔たりはある。


 しかし、この心身を削られる過酷な環境において、両親はまさに蜘蛛の糸だった。

 希望の象徴だった。


 だから、両親の表情が能面のように無表情だったことには、気づくことはなかった。


「これ、なに?」


 イズンを指さす子供。

 自然に人間とは扱わない子のことも、気にならない。


 もしかしたら、彼は自分の弟なのかもしれない。

 ならば、怒りなんてするものか。


 自分が姉だと、笑顔を浮かべて言ってやりたい。

 そう思っていた彼女の耳に、ケルファインの声が届く。


「忌み子って言うんだよ」

「忌み子?」

「ああ」


 イズンは見た。

 ケルファインが自分を見る目を。


 その目は、恐ろしいまでに無機質で、無感動で、無情だった。


「――――――生まれてこなければよかった存在だ」

「エ……?」


 それが、ケルファインの口から出た言葉だと受け入れたくなかった。

 だから、理解できなかった。


 そんな言葉を言うはずはない。

 誰に言われてもいい。


 だが、父の口から発せられていい言葉ではない。

 いったい……いったい、【誰のせいでこんなところにいると思っているのだ】。


 この辛い想いを、誰のために耐えていると思っているのだ。


「この世で最も価値のない存在だ。その存在があるだけで、周りの人間を不幸にする」

「生まれた瞬間から、すぐに殺さなければいけないのよ。そうしなければ……!」


 父だけではない。

 母も、憎悪に満ちた目で睨みつけてくる。


 どうして……どうしてだ?

 自分は彼らの望むとおりに大人しく見世物になっている。


 苛烈な環境にも耐えている。

 嘲笑の目も受け入れている!


 なのに、どうしてこのように突き放すことを言うのだろうか?


「だから、あなたは宝物だわ! 私を救ってくれた、大切な子よ……!」

「わっ!? 痛いよぉ」


 心底いとおしそうに、母は少年を抱きしめる。

 彼が生まれなければ、彼女もケルファインによって放逐されていたことだろう。


 下手をすれば、殺されていても不思議ではない。

 まさに、忌み子ではない子供が生まれたことは、彼女にとっても救いだった。


 イズンは赤い目で少年を凝視した。

 そこにいたのは……両親に抱きしめられるのは、そんな少年ではなく、自分のはずで……。


「ふーん、そうなんだ」


 少年は母に抱きしめられると少し照れくさそうにしながら、イズンを見て笑った。


「この子、いらなかった子なんだね」



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他に『あなたが拾ったのは普通の女騎士ですか? それともゴミクズ系女騎士ですか?』というコメディファンタジー小説も投稿していますので、良ければご覧ください。

https://kakuyomu.jp/works/16818093086426856283

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