第33話 誕生と幽閉



「…………」


 ウロウロと廊下を行ったり来たりしているのは、ケルファインである。

 ケルファイン家の現当主である彼は、初めて子供が生まれるという瞬間にいた。


 それゆえに、落ち着きなく歩き回っている。


「旦那様。そんなにうろたえていても、状況は変わりませんよ」

「うろたえてなどいない。俺にとって、初めての子供なんだ。何の問題もなく生まれてくれるか……」

「大丈夫です。旦那様と奥様のお子様ですから」

「……そうだな」


 側近からたしなめられ、少し気持ちを落ち着ける。

 今回のために、彼は最高の準備を整えた。


 妻と生まれてくる子供に何かあってはいけないと、最高の回復系魔法を使える魔法使いたちを傍に置いている。

 出産を補助する者たちも、ベテラン中のベテランだ。


 金に糸目をつけず、これ以上ないほどの準備を整えていた。

 万が一にも、最悪の結果が起きることはないだろう。


「できれば男。だが、女でも構わん。ケルファインの家を守り、さらに繁栄させることのできる子が必要だ。血をつなぐと言う意味でも、な」


 貴族社会は、いまだに男社会だ。

 当主になるのはほとんど男で、女がなるとしても、それは夫が死亡し、子供がまだ若い時に一時的につなぎの当主となるくらいだろう。


 しかし、こんなことを言っていても、ケルファインは女が生まれてきても何ら不遇を強いることはないだろう。

 ケルファインという家を続けていく。


 四大貴族としての地位を守る。

 そういった使命はもちろん持っているが、彼も初めて人の親になるのだ。


 自分の子の誕生を喜ばないはずがなかった。

 だが、その暖かな感情は、すぐに凍り付くことになる。


「だ、旦那様……」

「どうした!? 子供に……あいつに、何かあったのか!?」


 妻がいる部屋から憔悴しきった助産師が現れたことで、ケルファインは慌てて駆け寄る。

 最悪の事態を想定し、肝を冷やす。


 幸いにして、助産師は首を横に振った。


「お、奥様は無事です。健康状態も良好。安静にしておけば、すぐにでも動けるようになるでしょう。し、しかし……」

「……子か?」

「は、はい……」


 死産。

 真っ先にケルファインの脳裏によぎったのはそれである。


 だが、それだけなら、ベテランの助産師がこうまでも憔悴しているのは不思議だ。

 そもそも、悲しみの感情を出しているのであればまだしも、憔悴しているというのはどういうことか。


 ケルファインが問いかけようとすると……。


「きゃああああああああああああああ!!」


 響いたのは、彼の妻の悲鳴だった。

 ケルファインはすぐさま走り寄り、絶対に安静にしておかなければならない部屋をこじ開ける。


「お前! どうした!?」

「あ、あなた……。こ、この子が……!」


 妻は無事だった。

 そのことに一瞬安堵するも、ケルファインの目に赤子が映ったことで、彼もまたギョッと目を見開く。


 スヤスヤと、泣き声一つ上げずに穏やかな寝息を立てている可愛らしい赤子。

 すでに、髪が生えている。


 そう、真っ白な髪が。


「なっ……!? 忌み子、だと……!?」


 生まれながらの白髪というのは、それしか考えられない。

 銀髪なら、ケルファインは特に気にもしなかっただろう。


 だが、白髪。

 そして、肌も透き通るような白さ。


 まだ目は開かれていないが、それが赤目だとすると……。


「あ、ありえん! 俺の子供が、忌み子など……! そんなバカな話が……!」


 愕然とするケルファイン。

 周りに呪いを振りまく忌み子。


 それが、ケルファインの血を引いて生まれてきたことに、ただただ呆然とする。

 そんな中、呪いをかけられてはたまらないと、ついてきていた側近が一番に行動した。


「旦那様、早く処理をしなければ、私たちが呪われてしまいます!」

「待て!!」


 小さなナイフを取り出して赤子に近づいていく側近を止めようとする。

 しかし、それは遅かった。


「がっ……!?」


 みるみるうちに側近の身体がやせ細っていく。

 いつの間にか開かれていた赤子の目は、やはり赤かった。


 泣くこともせず、じっと衰弱していく側近を見つめていた。

 そして、数分と経たずに、側近は倒れ込んだ。


 人が倒れた音ではなく、紙が崩れ落ちたような軽い音と共に。


「こ、これが、忌み子か……!」


 唖然とする。

 ただの赤子が、自分に危害を加えようとしている大人を、単独でどうにかできることなんてありえない。


 あまつさえ、返り討ちにしてしまうなど、普通ではない。

 これこそが、呪われた子供。


 忌避され、畏怖される忌み子なのだ。


「ど、どうすればいいの、あなた!?」

「……殺すことはできないなら、幽閉させるほかない。俺たちに忌み子なんて産まれていない。ただ、病弱で、人前に姿を現すことができないほど虚弱なんだ」


 それしかない。

 殺そうとして、この側近の二の舞になることはごめんだ。


 ならば、飼い殺ししか手段はない。


「う、うう……。どうしてこんなことに……」

「大丈夫だ。お前は悪くない。悪いのは……」


 出産直後ということもあって、心身ともに疲弊しきっている妻の肩を持つケルファイン。

 悪くないと言っているが、次の生まれてくる子供までもが忌み子の場合は、彼は容赦なく彼女を切り捨てるだろう。


 だが、そんなことよりも、今最も悪いと称すことができるのは……。


「この、忌み子だ」


 生まれたばかりの純真無垢な赤子に、強烈な悪意が向けられるのであった。










 ◆



 イズンと名付けられた忌み子は、ケルファインの宣言通りに幽閉された。

 屋敷の、しかも離れ。


 家族と一緒に過ごすことはなく、彼女の周りにいるのは怯えた表情を浮かべる使用人だけ。

 それでも、イズンは両親というものを認識していたし、家族という概念も理解していた。


 時折やってくる両親は、こちらを見てひどく蔑んだ目を向けてくる。

 少なくとも、自分たちの子供に向けるようなものではない。


 それでも、たまにやってきてくれる両親たちのことを、イズンは好きだった。

 色々と話しかけても、彼らが答えてくれることはない。


 それでも、楽しそうに、閉じ込められているがゆえに何の変化もない日常を、両親に語って聞かせるのだ。


『そうか、そういうことがあったのか』


 そんな反応が欲しくて、必死に何度も話しかける。

 もちろん、教育も受けられていないため、彼女の話し方はたどたどしいものになってしまった。


 存在を否定され、無視されているため、周りで会話をしている者がいない。

 すなわち、言葉を覚えることがひどく遅れたのだ。


「お父さん、今日はこんなことをしたヨ!」

「お母さん、絵を描いたから見テ!」

「いつもイズンのお世話をしてくれて、ありがとウ!」


 めったにやってくることのない父と母に。

 そして、いつも恐怖の目を向けてくる使用人に。


 イズンはけなげに話し続ける。

 もちろん、帰ってくる言葉はない。


 一切結果を生むことのないみじめな会話をずっと続けていた時。


「よく……よくやった!」


 ケルファイン家に、新しい子供が生まれた。

 忌み子ではない、イズンの弟が生まれたのだ。


 それはすなわち、イズンを幽閉しておく必要がなくなったということを意味していた。



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