第29話 たとえ世界が滅びようとも、俺は生き残る
「オ?」
「ふんすっ」
窓ガラスが割れた瞬間、俺の身体ははじかれたように動き出していた。
正直、何が起きているのかはさっぱり分からない。
だが、窓ガラスを割ってダイナミックな入室をしてくる者が、友好的であるとはとてもじゃないが思えない。
そのため、俺の身体が動いたのは、逃走である。
とりあえず、いざというときの囮や盾となるイズンを確保。
そのまま突っ走ろうとすれば、ナナシもへばりついてきた。
おもぉい!
二人担いで走ってられるほど、俺は自分を鍛えていないぞ!
しかし、そこは火事場の馬鹿力。
二人の人間を抱えても、俺は部屋を飛び出して走ることができていた。
「さすがご主人様です。これから、私のことは運んでいただいて構いませんよ」
「歩くことすらやりたくないとか、もうお前死んだ方がいいんじゃない?」
へばりついてくるナナシに毒を吐く。
クソ! こいつを囮にあの部屋に置いてこられれば、もっと逃げるための時間を稼げたかもしれないのに……!
まあ、こいつが危険に気づかなければ、初動は遅れていたかもしれないのだが……。
「わー! なんだかよく分からないけど、速くて楽しイ!」
「それはよかった……っ!」
能天気なことを言うイズンにイライラが止まらない。
……こいつを囮にしてもよかったな。
今更ながらそんな考えが浮かんでくるが、後悔先に立たず。
とりあえず、俺はフロントに向かっていた。
そこなら確実に従業員がいるだろう。
高級宿だから、用心棒みたいなのもいるかもしれない。
そいつらに全部あの襲撃者たちを押し付けて、その間にアポフィス領に逃げよう。
襲撃者たちが自分で考えて襲ってきたのか、それとも指示をした黒幕がいるのか。
後者の場合、この王都にいるのは危険である。
こんなところにいられるか!
俺は安全な領地に帰らせてもらうぜ!
そう思いながら意気揚々とフロントに飛び出して……。
「……バカな!? フロントに人がいない、だと!?」
俺の囮、肉盾になるべきはずの人間は、そこには誰もいなかった。
職務放棄か!?
舐めてんのか、クソが!!
……いや、冷静に考えてこれはおかしい。
安宿ならともかく、高い宿にはフロントに人間が24時間常駐している。
誰一人としていなくなるということは、ありえないのだ。
「あー……。もしかして、フロントが買収されているとかないですか?」
「嘘だろ……? 自分たちのホテルで貴族が殺されたとなったら、評判は地の底だぞ?」
へばりついたままのナナシの言葉に、愕然とするしかない。
たとえば、自殺者が出ただけでも大きくマイナスのイメージが植えつけられる。
だというのに、それが殺人ともなれば、なおさらだ。
セキュリティがしっかりしていないという証拠にもなる。
この宿に、俺を殺させるメリットなんてないはずだが……。
「それ以上の保証をしてもらっているとか。それこそ、一生面倒を見てもらえるとか……」
「…………」
ナナシの言葉に硬直する。
……ありうる。
許せねえ!
代われよ、その立場……!
誰か他人を売って自分の人生が一生安泰になるんだったら、絶対にやるわ!
『奇遇ですね』
ただ、そのために俺を売ったことは絶対に許さん。
地の果てまで追い詰めて、皆殺しにしてくれる。
『奇遇ですね』
なんでお前なんかと思考回路が一緒なんですかねぇ……。
一番の屈辱である。
「助けを求めにここまで来たようだが、無駄だ。すでに、ここはわが主の支配が及んでいる。貴様の味方は、誰もいない」
コツコツと、高い靴音を鳴り響かせながら近づいてくる男たち。
全員顔を覆い隠すような布を纏っているため、その素性は分からない。
まあ、興味ないけど。
「さて、俺はこういうことをされる覚えはないのだが……。理由を教えてくれるかな?」
「不要だ。我々をここに派遣した人のことを話すバカはいないし……すぐに死ぬ者に教える義理もないだろう」
馬鹿か?
俺が死ぬわけないだろ。
たとえ世界が滅びようとも、俺は生き残る。
っていうか、さっさと黒幕吐けや。
そいつ、絶対に殺すから。
「冥途の土産、というのはどうかな?」
「殊勝な心掛けだが、土産を渡すつもりは毛頭ない。ただ、すぐに死んでくれ」
小剣を抜き、こちらに向けてくる。
この役立たず!
◆
バロールたちを襲撃したブロスにとって、これはいつも通りの仕事だった。
彼は、ケルファインが抱える暗殺部隊のリーダーである。
四大貴族ともなれば、当然裏でも暗躍することが多い。
しかし、その陣頭指揮をケルファイン自身がすることはできない。
汚れた仕事を貴族がすることはない。
そんなことをすれば、民からの評価が下がってしまう。
それゆえに、貴族たちはお抱えの裏仕事専門部隊を抱えるのだ。
とはいえ、そういった仕事を受け入れられ、また能力もある者はそういない。
そのため、一人でも抱えていれば僥倖。
むしろ、ほとんどの貴族は裏の人間を数人雇う程度だろう。
だが、ケルファインは四大貴族。
求められる裏での仕事も他の貴族とは比べものにならないほど多く、彼は部隊と称することができるほどの人員を抱えていた。
それも、すべて一流。
仕事にミスはなく、ケルファインに決して迷惑をかけない実力があった。
「(今日もすぐに終わる仕事だ)」
だから、ブロスがその自信からそう思うのは不思議なことではなかった。
相手は地方の貴族。
護衛もおらず、メイドが二人いるだけ。
何もさえぎるものはない。
数分もかからず終わる仕事だ。
それに、第三者からの妨害や邪魔をなくすため、宿の従業員たちはケルファインが取引を持ち掛け、すでにこの場からいなくなっている。
もちろん、今日ここに滞在している客はバロールたちだけだ。
そうするように仕向けた。
一生を遊んで暮らせるほどの金を渡されれば、従業員たちは喜んで協力した。
所詮、金の魔力には抗えないのである。
ここに、完璧な状況が作り出されていた。
あとは、バロールたちを皆殺しにして、こっそりと人目に付かないような場所で死体を処分するだけ。
人間を容易く食べてしまう魔物だっている。
死体を残さずに処理することなんて、この世界ではいくらでも方法があった。
「(さて、メイド二人は除外するとして、バロール自身の力はどうか)」
あの小さなメイド二人が戦えるとは思えないので、必然的に障害はバロール自身となる。
先ほどの襲撃で仕留められず、二人を抱えて素早く撤退した手際は見事だった。
抹殺対象とは言え、ほめたたえたいほどである。
それなりに護身術程度の力は持ち合わせているかもしれないが……。
「(その程度で、我々を止めることはできない)」
バロールに脅威はないと判断した。
だから、ブロスは迅速に、誰にも悟られることなくこの仕事を終わらせるべく、自身の能力を開示したのであった。
「一瞬で終わらせよう」
黒い影が、広がった。
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