第28話 何事!?
「ふうむ……」
貴族議会が終了し、今回のメインターゲットであったバロール・アポフィスも退場している。
その場所で、ヨルダクはため息をついていた。
貴族議会において、数は絶対。
いや、貴族議会に限らずとも、味方の数は多ければ多い方がいい。
それゆえに、宮廷貴族でもないバロールのことを、見込みがあれば自分の派閥に勧誘しようとしていた。
ヨルダクのこのような考えがあるため、ヨルダクの派閥は最大規模を誇る。
この国で最も力のある貴族と言い換えることができるだろう。
「だが、少し難しいようだな……」
シルティアとの問答を筆頭に、宮廷貴族たちからの嫌味な質問を見事に切り返していたバロール。
それだけで、彼がどのような人となりをしているのか、大体ではあるが理解できた。
数をそろえ、多くの者を派閥に組み入れてきたがゆえに、その観察力は高いレベルにまで昇華されている。
その観察力を持ってバロールを見たヨルダクの反応は……。
「私の派閥の色には、合わんようだ」
バロールを勧誘することをしない。
そう決めた。
バロールは潔癖すぎる。
家族を殺したことを、悲しみつつも後悔していなかった。
それは、ひとえに領民たちの平穏のため。
潔癖な貴族も、ヨルダクの派閥にはいた。
何も、汚いことしかしていないわけではないのだ。
だが、もちろんそういったこともしているし、清濁併せ呑むことができる者こそが、ヨルダクの派閥に集まっている。
いや、染めていくこともできるだろう。
実際、青い理想を抱いていた貴族も、今ではそういった清濁を楽しむことができる貴族へと変貌しているのもいる。
だが、それでも、バロールをその色に染めるのは難しいと、ヨルダクは判断した。
「まあ、ああいった若いのは嫌いではない。理想のために足掻く若者、悪いものでもない」
派閥に勧誘はしないが、ヨルダク自身はバロールのような人間は嫌いではなかった。
引き入れないが、攻撃もしない。
そういった立ち位置を、ヨルダク派閥は取るのであった。
「なかなか見どころのある若者だな」
一方で、バロールに好意的な評価を下していたのは、レスクであった。
保守派のヨルダクと違い、改革派に属するレスク。
変化を好む彼は、清廉な貴族であるバロールにも好感情を持っていた。
すべて、国民のために。
少しでもより良い国を作るために、レスクは戦っている。
民のためを思い、苦渋の決断をすることができるバロールは、彼にとってとても良い貴族に映っていた。
「私の派閥に来てもらえるかは分からないが、勧誘はするべきだな」
レスクはそういった判断をするのであった。
「あーあ、あんまりおもしろくなかったわ」
そう言って頬を膨らませているのは、シルティア。
高いところから落とされたので、なおさらそう感じるのだろう。
彼女は、ケルファインとバロールの会話を聞いていた。
あの四大貴族に喧嘩を売る貴族。
この国で、それがどういう意味を持つか、分からないバカではないだろう。
分かっていて、なおもそういった態度をとったのである。
ただのメイド……それも、見た目が真っ白な忌避されるべき女を守るために。
「逸材だと思ったんだけどね」
女としても、あの対応はとてもよかったと思っている。
いや、将来的なことを考えるとマズイかもしれないが、あのままただ自分への罵倒に何もしない男よりは、はるかにいい。
「あのムッツリを怒らせたことも、爽快だったし」
ケルファインは貴族議会でもめったに発言することはない。
四大貴族の会合でも、だ。
その気取った態度はシルティアも好きではないので、彼が本気で怒った姿はとても面白かった。
だというのに……。
「あんないい子ちゃんだったとはねえ……」
優等生は、好きではない。
レスクと気が合いそうなタイプだ。
つまり、シルティアとは気が合わない。
この時点で、興味をなくしても不思議ではないのだが……。
「でも、ケルファインには面白い対応をしていたし……」
メイドのために四大貴族に啖呵をきったあの姿は、とても面白かった。
だから……。
「様子見ね」
意外にも、ヨルダクと同じ判断をしたシルティア。
「…………」
そして、ケルファインは何も言わず。
しかし、その内心では怒りと憎悪の炎を燃え上がらせていて……。
バロール・アポフィスと四大貴族の出会いは、こういったものから始まるのであった。
◆
「ふう、一仕事でしたね」
「お前は何もしていないよね」
一仕事しました、みたいな雰囲気を醸し出すナナシを睨みつける。
面倒くさい宮廷貴族どもをいなしたのって、俺だよね?
お前、待機していただけだろ。
今、俺たちは貴族議会から離れ、今回のために宿泊場所として提供された宿にいる。
かなり高級のランクが高い宿である。
まあ、俺は貴族だしね。
一般庶民と同じ場所には泊まれないよね。
……まあ、これを手配した貴族議会は、別に俺のことを考えて高い場所を取ったのではなく、ただ貴族議会がしょっぱいところを提供したという風評を流したくないだけだが。
全部自分たちのためである。
「バロール殿、スゴイ!」
「はっはっはっ」
抱き着いてくるイズン。
何が凄いのかさっぱり分からんが、とりあえず褒められているから気分が良くなる。
無条件に俺をほめたたえてほしい。
「さて、明日からは少しここに滞在して、観光でもしようか。こういった機会は、めったにないからね」
「ウン! でも、いいノ? お仕事とか……」
「はっはっはっ」
『ご主人様、最近笑ってごまかすことを覚えましたね』
大丈夫大丈夫。
アシュヴィンを残しているし、あいつが何とかするだろ。
アルテミス? 知りませんね……。
それに、俺が仕事をしなければならない理由はどこにもない。
俺の代わりに、誰かを使えばいいのだ。
「帰ったらナナシも不眠不休で手伝ってくれるから大丈夫さ」
「!?」
とりあえず、30時間くらいしてみようか。
「イズンも手伝ってくれるかな?」
「ウン! バロール殿のためなら、頑張るヨ」
なんていい子なんだ……。
これでもう少し領地経営の能力があれば、領主権を与えてヒモになるのに……。
いや、忌み子とか言われて王国内から忌避される存在であるイズンを、領主として認めるはずもないか。
領民たちはまだしも、貴族議会がね。
まったく、人の見た目とかどうでもいいことなのに。
俺の役に立つか、立たないのか。
この世界に生きる生物は、この二択でしかない。
「じゃあ、明日に備えて、今日はもう寝ようか」
「ウン。一緒に寝てもイイ?」
よくねえよ。
人肌が近くにあったら寝られねえだろうが。
何とかイズンの気持ちを害さないようにしながら断ろうと画策していると……。
「いえ、寝るのは少し早いかもしれませんよ」
「は?」
ナナシが不穏極まりない言葉を口走る。
何をバカなことを……と笑い捨てることができないのが、ナナシの感覚である。
こいつは、ビビりだ。
それゆえに、小動物並みの警戒心と危機察知能力を持つ。
そんな彼女が警告するということは……。
ガシャーン!
そんな音と共に、窓ガラスが割れる。
何事!?
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