第2章 貴族議会編

第24話 お前も連れて行くから



「平和だ……」

「平和ですね……」


 ぼけーっと執務室で意識を飛ばす。

 人生で最も気持ちいいのは、何も考えずに無駄に時間を費やすことではないだろうか?


 俺はそう思ってならない。

 寝そうで寝ないまどろみもかなり好きだが、俺はこっちの方が好きだった。


 貴重な時間を無駄にしている感覚が堪らない。

 もっと言えば、領主として仕事をしなければならない時間をさぼるというのが、快感なのだ。


 椅子に座ってだらける俺の近くで、ナナシも意識を半分飛ばしていた。

 真っ黒な髪を一つの団子にまとめ、清潔感のあるロングスカートのエプロンドレス。


 まさに、メイドの中のメイドと言える格好だが、実際にはアポフィス領の財産をすべて自分のものにしようと画策する、とんでもメイドである。

 ……本当、家事能力がめちゃくちゃ優秀じゃなかったら、絶対にクビにしているのに。


「いずれ私のものになる財産が無事で何よりです」

「夢の話をしているのかな?」


 ハイライトのない真っ黒な目が俺に向けられる。

 かなり怖いんですけど。


 もうお前の脳内では暗殺計画が出来上がっているんじゃないだろうな?

 その怖い目を開きながら寝ぼけたことは言わないでほしいですね……。


「有事じゃないからメイドの護衛をつける必要もないし、心置きなくサボれるわ」

「まったくです」

「お前は働けや」


 平然と使用人が主人の前でサボる宣言するんじゃねえよ。

 働け働け、嫌です嫌です……という取っ組み合いをしていると……。


 コンコンと扉が鳴る。

 ノックの音だと気付いた瞬間、俺の身体は再び机の前に座っており、書類のチェックをしていた。


「どうぞ」

『相変わらず切り替えの早さはやばいですね、ご主人様』


 切り替えは大切だぞ、ナナシ。

 ところで、ノックの音一つで意外とその相手が分かるものである。


 たとえば、アルテミスというメイドが屋敷にはいるのだが、あいつのノックはもはやノックではなく、扉を連続で殴打しているだけである。

 驚かせないように、事前に知らせるためにノックするのに、ただただ驚かされる爆音を鳴り響かせる。


 心臓が止まってショック死しかけたことも何度もある。

 ということで、今回のようにしずしずと落ち着いた感じのノックから、アルテミスは除外される。


 ナナシはサボりだし……。

 これほど精錬された音は、彼女しかいない。


「お仕事中、失礼いたしますわ」


 入室して早々頭を下げたのは、アシュヴィンである。

 長い銀髪、褐色の肌。


 これだけで、彼女が忌避される異民族であることは明らかである。

 ナナシに倣うようにロングスカートのメイド服を着用しているが、身体の凹凸は圧倒的にアシュヴィンの勝利である。


 ナナシ、残念!

 ……と思っていたら絶対零度の目で睨まれたので、すぐに考えを止める。


 ごめんなさい……。


「いや、気にしないでくれ。アシュヴィンの話なら、そちらを優先するとも」

「まあ。バロール様はお上手ですわ」


 クスクスと上品に笑うアシュヴィン。

 つい先日まで、復讐の鬼だったことは嘘のようである。


 いや、もともと仕事をしているときは、今みたいに穏やかだったな。

 マルセル関連の時だけ鬼みたいになるので、見ないふりをしていた。


「しかし、これからご報告するのは、少々厄介かつ面倒なことで……」

「どういうことかな?」


 聞きたくないんだけど?

 苦い顔をしているアシュヴィンを見て、俺は戦々恐々とする。


 アシュヴィンは優秀だ。

 基本的に、全部任せたいくらいには。


 そんな彼女をしてこのような顔をさせるのだから、それがどれほどの厄介ごとなのか……。

 想像するだけでふて寝したくなる。


「こちらを」

「ん? 封書?」


 渡されたのは、一通の封書。

 やけに豪華っぽいけど……。


 封蝋とかも凝っている。

 そんな豪華な手紙、俺に送ってくるような奴っていたっけ?


 俺がとぼけていると、アシュヴィンは重々しく口を開いた。


「貴族議会から、ですわ」

「焼き捨ててくれ」

「!?」










 ◆



 貴族議会。

 それは、陰気な奴らが密室に引きこもり、コソコソと密談して国の行く末を決めた気になっていい気になっている悍ましい議会である。


 何かと自尊心が強い奴らが多く、自分たちこそが国を回しているのだと勘違いも甚だしいことを考えている。

 つまり、俺が嫌いなタイプの人間が勢ぞろいしているのである。


「ご主人様って好きなタイプあるんですか?」

「俺に都合のいい奴」

「あっ……」


 すすすっと俺から離れるナナシ。

 俺を見る目が、ゴミのようだ。


 失礼極まりない。

 そもそも、俺の役に立たない連中は、生きる価値なんてないのだ。


「だいたい、あいつらって自分たちのプライドと矮小な自尊心を満たすためだけに生きている蛆虫以下の連中だからな。呼び出されても、いいことなんて一つもない」


 ろくでもないことしかないだろ。

 少なくとも、プラスになるようなことは何もない。


 めっちゃ無視したい。


「しかも、このタイミングですしね」

「本当でござる……」

「ござる?」


 小首をかしげるナナシ。

 語尾がおかしくなるくらい嫌だ。


「じゃあ、ブッチします?」

「普段だったら、何かと言い訳をしてそうするけど……」

「この国最高権力機関からの出頭命令を無視する気満々のご主人様、えぐいですね」


 口先でどうにか誤魔化すのは得意だ。

 貴族議会のアホ連中を騙すことだって、俺の技量を持ってすれば余裕である。


 ただ……。


「ただ、あれがあったしな……」

「あれですね」


 マルセルによる内乱。

 おそらく、貴族議会はこれの説明をさせたいのだろう。


 内乱というものは、もちろん首謀者が一番悪く、処刑されるのだが、意外と領主の資質も問われることがある。

 いわく、反乱を起こさせるような土壌を作ったのが悪いと。


 いや、知らんがな。


「さすがに取り潰しはないだろうが……」

「領地を切り崩されたり、領主権の一部召し上げとかも考えられますね。それは、無視したらの話ですけど」


 ナナシの言うことは、全力で否定したい。

 否定したいのだが……否定しきれない。


 貴族議会のクズ連中なら、それをやっても不思議ではない。


「嫌じゃああああああ! 将来何もしないで適当に生きていくための財産を、ここで奪われるのは嫌じゃあああああ!」

「そのクズっぷりに、私もドキドキしてしまいます」


 ジタバタと暴れる俺の傍にやってきて、ツンツンと突いてくる。

 ええい、触るな!


「では、行くしかないですね。お腹痛いは通用しませんよ」

「……ああ」


 俺はナナシの言葉に、心底嫌そうにうなずくのであった。

 向かう先は王都。


 近寄りたくもない、権力闘争渦巻く気持ちの悪い場所である。


「あと、お前は関係ないと思って好き勝手言っているけど、貴族議会にお前も連れて行くから」

「!?」


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第2章スタートです!

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