第23話 招待



 貴族議会。

 王国には、多数の貴族が存在する。


 貴族の中にも種類があり、バロールたちのようにそれぞれの領地を持つ一般的な貴族。

 そして、領地を持たない代わりに、常時王都に滞留し、この国の行く末を決める宮廷貴族。


 この二つが、大きな貴族の種別である。

 一般的な貴族は、自分たちの領地の範囲内に限るが、そこでは王のようにふるまうことができる。


 もちろん、国家の有事の際には兵を出したり、税を納めたりといったことは義務として存在するが。

 一方で、宮廷貴族には領地が与えられないため、自分たちが王のようにふるまうことは許されない。


 しかし、宮廷貴族はその特権を逃しても有り余るほどの特典がある。

 それこそが、貴族議会への参加資格である。


 貴族議会とは、その名の通り宮廷貴族のみ参加することが許される議会である。

 そこでは、国家の行く末を決める大きな決断や、根幹を担う政策を策定することができる。


 すなわち、国そのものを動かすことができるのが、貴族議会なのである。

 領主として、一部地域で強権を振るうのか。


 はたまた、国家の行く末や決断を担う権力をふるうのか。

 どちらにせよ、貴族は大きな力を持っているということである。


 貴族議会は、【建前上】多数決である。

 一つの政策が出れば、賛成か反対かを表明し、賛成多数なら実行される。


 だが、こういった多数決の場においてはよくあることだが、事前に根回しというものが行われる。

 それは、政策ごとに取り入ったり取り込んだりすることもあるが、基本的には大きな派閥がいくつか存在し、その派閥の中に入り、派閥のトップの意思決定に従うというものが多い。


 そして、その派閥のトップを担うのが、この王国を支配する四大貴族である。


「レスク殿。おたくの若いのは、どうにもまだ貴族議会の何たるかを知らぬ様子。本気で怒鳴られれば、私も肝が冷えるわ」

「申し訳ない、ヨルダク殿。何分、貴族議会に参加してからまだ日が経たないもので。私からもしっかり言っておくが、まあ慣れれば貴族議会の何たるかを理解するでしょう」


 密室で会談をしているのは、その四大貴族たちだった。

 争いあう派閥のトップ同士が、こんなにも表面上とはいえ和やかに会話をしているのは、下の者たちにばれるわけにはいかない。


 主義思想が異なるとはいえ、本当に殺し合うほど険悪な関係になるというのは、とてもじゃないがエネルギーが持たない。

 長く貴族議会にいれば、そういう裏もなんとなく察せられるようになるのだが、レスクと呼ばれた男の若い貴族には、まだそのことに気づくこともできなかった。


 ヨルダクの嫌味も、レスクは表情を変えずに受け止める。


「下の者をしっかりと教育するのも、派閥のトップの務め。しっかりやっていただきたいものですな」

「お恥ずかしい限りです」


 本気で険悪に殺し合う、ということはない。

 だが、立場が異なるのもまた事実。


 決して味方ではないため、胃が痛くなるような嫌味の応酬はする。


「ちょっとー。そんなくだらない嫌味の応酬、いつまで続けるのよ。私、興味ないんだけど?」


 そんな二人の間に入っていけるのも、同じく四大貴族しかいない。

 この場の四人の中で、紅一点。


 まだ若いシルティアが、つまらなそうに頬杖をついている。


「私は何も言っていませんが。一方的に殴られていただけですよ」

「いやはや、いつでもカウンターできるというのに、お人が悪い」

「うげー。こういうの、本当苦手なんだけど……」


 心底嫌だと舌を出すシルティア。

 こういった貴族らしい嫌味の応酬を好むヨルダクのようなものもいれば、もっと明朗快活なことが好きなシルティアもいる。


 四大貴族といっても、様々だった。


「シルティア殿も四大貴族の一人。こういったことも慣れておいた方がいいかと、敵対派閥からの助言を」

「いらないわよ、そんなの」

「…………」


 ヨルダクとシルティアの会話を、一切言葉を挟まずに聞いているのがケルファイン。

 ヨルダク、レスク、シルティア、ケルファインこそが、現在貴族議会を支配する四大貴族であった。


 こうして集まって会談しているのも、暗に『裏切らないで仲良くしましょうね』という確認だ。

 この場に来なければ、その意図を捨てたと解されかねないため、出席率は驚異の百パーセントである。


「それより、面白い話をしましょうよ! アポフィス領の話、あんたら無駄に手広く情報網を広げているんだから、とっくに知っているでしょう?」


 シルティアが嬉々として話題を振ってくる。

 当然、彼女の言う通り、その情報はすべての四大貴族の耳に入ってきていた。


「ああ。確か、内乱が起きたという……」

「しかも、近親。弟が領主権を求めて蜂起したようです」

「骨肉の争いですな。よくあることです」

「結果は、現領主の勝利。仮に敗北していたら、中央が黙っていませんが」

「もちろん。我らの関与を経ない領主の決定など、認めるわけにはいかん」


 領主を任命し、領主権を与えるというのも、宮廷貴族の大きな特権の一つである。

 領地を持つ貴族よりも、領地を持たない貴族の方が上である。


 そう強く主張することができるのが、任命権なのだ。

 基本的に、領主の子息が継ぐものだが、あくまでも任命するのは中央……貴族議会という立ち位置は崩さない。


「もう。そんなつまらない話をするために、この話題を振ったんじゃないわよ」

「では、どういった意図で?」


 嫌そうに顔を歪めるシルティア。

 宮廷貴族の権利を語るために投げかけたのではないのだ。


 目的はもちろん……。


「領主のバロール・アポフィスを、中央に呼びましょうよ!」

「……それは、宮廷貴族にする、ということですかな?」


 顔を輝かせて提案してくるシルティアに、ヨルダクが難色を示す。

 宮廷貴族の数は少ない方がいい。


 一人入るだけで、またどこの派閥に所属するのかと牽制をしなければならない。

 自分の派閥に入るのであれば構わないが、他の派閥に行かれるのは面倒だ。


 貴族議会は多数決制。

 数が多い方が勝つのだから。


「違うわよ。話を聞くだけ。だって、近親で殺し合ったんでしょう? 面白い話が聞けるに違いないわ!」


 シルティアはヨルダクの懸念を否定し、満面の笑みを浮かべる。

 弟を殺した感想を聞こうとしていることから、彼女もまた色々と破綻している。


「それに、面白い奴だったら、私の派閥に入れてあげてもいいしね」


 貴族議会に参加できる貴族でなくとも、派閥に入れることは可能だ。

 なにせ、この王国を支配しているのは、貴族議会を支配している四大貴族に他ならないのだから。


「おやおや。シルティア殿に魅入られた貴族は、ろくでもない終わりを迎えると聞きますが」

「喧嘩売っているの? 勝手につぶれるだけよ」


 頬を膨らませるシルティア。

 可愛らしい拗ね方だが、ヨルダクの言う通り、破滅した貴族はとてもじゃないがかわいいとは表現できない最期を迎えている。


「ねえ、ケルファイン。あなたも、いいでしょう?」


 一向に話そうとしないケルファインに、シルティアは笑いかける。

 嗜虐的な色を、多分に含みながら。


「だって、あなたの大切な娘、あのアポフィス領にいるんだから」

「…………」


 ケルファインが答えることはなかった。

 こうして、まったくバロールが関知しないところで、事態は動こうとしていた。


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第1章完結です!

次話から第2章に入ります。

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