第22話 ふっ、ちょろいぜ
弟殺し。
それは、普通の殺人よりも忌避される傾向にある。
なにせ、家族を殺したのだ。
風聞はとてつもなく悪くなる。
多少のマイナスのうわさが広まろうとも、微塵も揺るがないほど盤石のものにしているが、プラスには働かない。
とはいえ、今回に限っては事情が事情だ。
まず、領主である俺に対する蜂起。
ぶっちゃけ、これだけで充分殺す理由になりうる。
企図しただけでも、それが露見すれば処刑である。
実際に行動に起こせば、一族郎党皆殺しにされても不思議ではない。
……いや、一族が俺だから絶対にそれはないんだけど。
それに加えて、マルセルに人望がまったくなかったこと。
たとえば、少しでも彼を慕う領民がいれば、彼らの支持はなくなっていただろう。
さすがにないとは思うが、死んだマルセルのかたき討ちを……なんてこともあるかもしれない。
だが、あのバカは本当に自分のやりたいことをやって、欲望のままに生きていたので、当然慕われるはずもなかった。
「(本当、バカだよなあ)」
欲望ってのは、こっそりと発散するものなのだ。
他人が欲望を満たして悦に浸っている姿なんて誰だって見たくない。
幸せな姿というのは、他人の前で見せてはいけないのだ。
嫉妬ややっかみを受け、本当に苦しんでいる者からは恨まれることだってあるのだから。
しかも、あいつの欲望は他者を虐げて苦しむ姿を見たいという、性格破綻も甚だしいものだった。
なおさら嫌われるわな。
この二つの理由で、俺が領主の地位から追い落とされることはおろか、評価を下げることすらありえない。
だが、それだとプラマイゼロだ。
俺ほどにもなると、それに多少プラスを加える。
「くっ……! 本当は、こんなことはしたくなかった……。あんなのでも、弟だしな。だが、これ以上領民を傷つけ、アポフィス領を乱すのであれば、見過ごすことはできなかった。……俺を恨んでもいい。成仏してくれ……」
今回の事件で、慰霊祭でマルセルに送った言葉である。
蜂起して死亡した人々を慰めるためのもので、多くの領民たちも参加していた。
そこで、上の発言である。
「領主様……。いくらバカ弟とはいえ、家族だったんだもんな……」
「俺たちのために、家族を……」
「自分の立場と考えたら……心が痛くなるわ」
「ああ。だからこそ、俺たちの領主はバロール様しかいねえんだ」
「そうだ!」
……ふっ、ちょろいぜ。
実際、俺に税を治める領民を虐待していたマルセルは、蜂起せずとも何かしらの処分をすることは決めていた。
鉱山にでも送り込んでやろうと思っていたのだが、反乱とかしてくれて助かったわ。
あいつの言っていたことは、一から十まで間違いというわけではない。
血というものを重要視するこの国で、【前領主の血を引いていない俺】は異質であることは間違いないしなあ。
まあ、どうでもいいや。
こうして、アポフィス領は名実ともに俺のものになったのであった。
よし、引きこもり開始だ。
あとは、俺を養って領地をうまく回せる人材を手に入れて、おしまいである。
ふっ、人生ってちょろいぜ。
◆
戦勝祝いである。
大事にとっておいてある酒を空け、飲み下す。
あまり大々的にはできない。
一応、弟を処刑したということになっているし、それでどんちゃん騒ぎをしていたら、人間性を疑われる。
そのため、屋敷の中で、ひっそりと楽しむ。
場にいるのも、俺とナナシ、アシュヴィンだ。
本当は一人でゆっくり飲みたかったのだが、どうにもマルセルを退場させられたということで、俺の気分も高揚しているようだった。
普段では決してしないのに、二人を誘って酒盛りである。
そして、しばらく高い酒を楽しんでいたのだが……。
「んふふ~。バロール様ぁ……」
「…………」
俺にへばりついてくる一人のメイド。
褐色の肌に白い髪。
メイド服越しにもわかる、豊満で柔らかいものが惜しげもなく押し付けられている。
アシュヴィンが、俺に抱き着いてきていた。
……鬱陶しい!
彼女はかなり容姿が整っていて、優れた肢体を押し付けられて悪い気はしない。
が、うっとうしい。
人肌って暑苦しいし。
俺を養わない者に、俺の身体に触れる権利はない。
「お酒ぇ、おいしいですわねぇ。弟の恨みを晴らすまでは飲まないと決めていたのですがぁ……こんなにおいしいものだなんてぇ!」
そういえば、アシュヴィンは酒を飲まなかったな。
自分がこういう酔い方をすると、自覚があったのだろうか?
「おい、ナナシ。こいつどうにかしろ。絡み酒ほど鬱陶しいものはない」
「ご主人様、私も酔っているのでフラフラして何もできません」
「お前ザルだろ」
ゴクゴクとラッパ飲みをするナナシ。
お前! それ高いんだぞ!
そういう飲み方をする酒じゃないんだよ!
くっ!
まさか、アシュヴィンがこんなウザ絡みしてくる下戸だったとは……。
マルセルという脅威を排除できて、ついいい気分になってお酒を飲ませたのが悪かった。
アシュヴィンも断っていたのだが、俺が少し無理やり気味に飲ませてしまったのだ。
もう二度としない。
お酒のうまさを味わうのは、俺一人で十分だ。
あと、ナナシ! お前には勧めていなかったぞ!
「バロール様ぁ……。わたくし、感謝しておりますわ。本当に、心の底から……」
密着しながら、じっと見上げてくるアシュヴィン。
酒のせいもあって、頬が赤くなり、瞳が潤んでいる。
何とも色っぽいのだが、彼女は俺を養うタイプではないので、微塵も響かない。
え?
これ、聞かないといけない感じ?
鬱陶しいから、さっさと引っぺがしたいのだが。
「弟のかたき討ち……。わたくしだけの力では、絶対に成し遂げられなかった。あなたがいなければ、マルセルは今も笑って、誰かを傷つけ、殺していたでしょう。すべて、バロール様のおかげですわ」
「はっはっはっ」
「否定しないんですね、ご主人様」
褒められるのは悪い気分ではない。
「わたくしを救ってくれて、手助けしてくれて……そして、こんな醜い異民族の復讐者を、優しく受け入れてくれた……」
いや、受け入れてはないけど……。
「んもう! 大好きですわ!」
「ぐぇっ!?」
急に抱き着かれる!
豊満に実った胸部に顔を押し付けられる。
柔らかいけど、息ができない!
こ、こいつ、俺を殺す気か!?
「わたくしは、今までも、これからも、あなたのためだけに仕えますわ。異民族のメイド、最期までかわいがってくださいまし」
何とか抜け出すと、アシュヴィンがそう言って微笑んだ。
彼女にとって、マルセルへの復讐は人生を生きる大きな柱だった。
それが完遂された今、残されているのは俺に対する恩義のみ。
そうなると、とてつもなく有用な駒となる。
俺の手足となって、精一杯働いてほしい。
「…………」
だが、だ。
俺がアシュヴィンをかわいがるの?
いや、俺を養うべきじゃん?
領主権あげるから、俺を養って。
『とんでもないプロポーズの言葉ですね、ご主人様。ぜひ私に言ってください』
お暇あげるから、出て行って。
『嫌です』
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