第21話 俺の地位を揺るがしかねない不発弾とかいらないんだよなあ



 死んだ。

 シジルクは、一瞬でそう理解した。


 何が起きたかは理解できていなかった。

 ただ、事実として、自分は死んだのだと。


 そう本能的に悟った。

 彼の脳裏に濃く焼き付いたのは、バロールの光った目だった。


 あれは……人間のそれではなかった。

 一言で、端的に言えば……。


「……化け物」


 その目に、シジルクは飲まれていた。

 あまりにも不適切な表現かもしれない。


 蛙が蛇ににらまれて動けなくなるのであれば、分かる。

 あれは、生物的な本能で、生まれながらにして上下関係が決まっているからだ。


 しかし、シジルクも人間であれば、バロールも人間である。

 同じ種族、生物なのに、ただ見られただけで、絶対的な死を予感する。


 いや、ただ睨まれたわけではない。

 あの目は、明らかに人間のそれとは違っていて……。


「人の顔を見て、化け物呼ばわりはひどいな(俺の美顔を見て化け物とか、目玉腐っていますね)」

「はっ!?」


 意識を呼び戻す。

 目の前には、苦笑いしているバロールの姿が。


 もう決して遅れは取らないと、アシュヴィンが彼の身体に密着していた。

 異民族が、虐げているはずの男と密着してこちらを睨みつけてくる。


 それは、シルケイアという組織の存在意味すら失わせる衝撃的な光景なのだが、シジルクにとってはそれどころではない。


「ど、どうして……。私は、死んだはずでは……?」

「何を言っているんだ? こうして君たちは生きているじゃないか」

「……? …………?」


 困惑するシジルク。

 しかし、バロールもまた同様のようで、首を傾げている。


 あの絶対的に感じられた死の恐怖は、いったいなんだったのか?

 それに、あの恐ろしい目。


 今のバロールは、そんな目をしていない。

 いつも通りの、普通の人間の目だ。


 自分は、いったい何を見たのか?


「まあ、いい。混乱しているようだけど、待ってあげることはできないんだ」


 思考にふけるシジルクを呼び戻したのは、バロールの声だった。

 領主暗殺を目論んだ自分たちの処遇なんて、考えずとも分かることだ。


「……処刑、ですか?」

「(当たり前だよなあ? 獄門だよ)」


 主人公さん、自分の命が狙われたことを絶対に許さない模様。


「処刑なんて正式な手続きを踏む必要はありませんわ。ゴミ処理は、メイドのお仕事です」

「物騒だな。俺はそんなことはしないし、させないよ(は? どうしてお前が決めているの? 俺は他人の思い通りには動かねえんだよ)」


 アシュヴィンの提案に、バロールは一気に不機嫌になる。

 自分のためを思って言ってくれているのだから任せればいいのに、自分の行動を指示されたようで、クソ雑魚プライドがとてつもなく傷つけられた。


 ニッコリと笑みを浮かべ、殺す気満々だったけど方針転換する。


「罰は受けてもらうが、処刑はしない。もちろん、二度と俺に剣を向けないことが前提条件だが」

「どうしてですか!? 私たちはあなたを殺そうとして……しかも、異民族ですよ!?」


 驚愕するのはシジルクだ。

 領主暗殺を企て、未遂に終わったとはいえ実行した。


 間違いなく死刑である。

 実行犯だけでなく、その家族も連座して処刑されても不思議ではない。


「(俺の命を狙ったことは千年経っても忘れないけど)異民族かそうじゃないかなんて、俺にとっては些細なことだ。異民族だからと言って、差別的に扱うつもりは毛頭ない」


 もちろん、優遇するわけでもないけどね、と付け加えるバロール。

 ちなみに、シジルクたちに心を少したりとも開くことは、未来永劫ない。


 シジルクはガクリとひざから崩れ落ちる。

 人間としての、器が違う。


 格が違う。

 このような偉大な領主に、自分たちは剣を向けていたのかと、心のそこから恥ずかしくなる。


「私たちは、間違っていたのか……」

「間違いは償えるさ」


 ぽろぽろと涙を流すシジルクに、バロールは柔らかく笑いかけた。


「さて、じゃあマルセルのところに案内してもらおうかな? まだどこにいるか分からなくてね」


 諸悪の根源は絶対に逃がさない模様。









 ◆



「久しぶりだな、マルセル」


 異民族の暗殺者たちに教えてもらったマルセルのアジトに向かう。

 普通、こういう危険な最前線に俺が出ることはない。


 実際、アシュヴィンにも留められたし。

 ナナシはウキウキで進めてきたけど。


 俺だって、何も理由がなければ絶対に前線には出ないのだが、今回は別だ。

 なにせ、目の上のたん瘤、うっとうしいクソ弟の最期を拝むことができるのだ。


 そりゃあ、自分の目で高みの見物をしなければならないだろう。


「ば、バロール!? どうしてお前がここに……!?」


 お前を殺すため。

 マルセルは情報通り、アジトの中にいた。


 驚愕して俺を見る顔は、傑作だった。

 アシュヴィンがいなければ、大笑いしていた。


 まあ、アシュヴィンがいなかったら俺が殺されかねないのだが。


「あいつらは失敗したのか? クソっ! しょせんは異民族ってことか。役立たずどもめ……!」


 思っていても口にしたらダメなんだよなあ。

 だから人望ないんだぞ、お前。


 俺みたいに、内心でぼろくそに言う程度に収めておかないと。


「彼らに命令したお前がそこまで言うのは間違っていると思うがな」

「間違いというなら、お前が領主をしていることさ! 正当な領主の血を引いていないくせに……! 簒奪者だ!」


 別にこいつに何を言われても俺のメンタルはビクともしないのだが。

 しかし、的外れなことを言っているわけでもないのだ。


 その血統が、マルセルをここで始末しておかなければならない火種なのだから。


「言わせておけば……! バロール様が領主となってから、アポフィス領は生まれ変わりましたわ! バロール様にしかできなかったことです。すべての領民たちは、バロール様を支持しておりますわ!」


 俺が何も言わなければ、アシュヴィンが憤怒の表情でマルセルに詰め寄る。

 自分がしたいことを他人にさせる。


 これ、テストに出ます。


「ふん。そもそも、その男には領主の資格がない。たとえば、王位継承権を持たない聖人が王になることができないように、領主もそうなんだよ。どれほどこいつがいいことをしても、そもそもの資格がない以上、胸を張ることはできないのさ」


 胸を張りまくりである。

 俺が誰かに引け目を感じて胸を張れないわけがないだろ。


 俺という存在自体が素晴らしく、また世界は感謝すべきである。


「それにしても、アシュヴィン! 僕の下に戻ってきてくれたんだね! 信じていたよ!」

「……この期に及んでも、まだそんなことを言いますのね」

「ああ、そうさ! この男の下にいたら、まともな生活を送れないだろう? 僕は、ちゃんと生活は保障してあげるよ。もちろん、苦痛にうめいて僕を楽しませてもらう必要はあるけどね」


 嬉々としてマルセルは話し続ける。

 うつむいているアシュヴィンのことなんて気にもせず。


 そういうとこだぞ、お前。

 自分の思い通りにしかことが進まないと、本気で思っている。


 なんと滑稽なんだ……。

 ……俺は別だから。


 世界から愛されるべき男だから、思い通りに行くのは当然だから。


「わたくしが、ここにやってきたのは……バロール様のため。そして……」


 うつむいていたアシュヴィンが顔を上げ……。


「……は?」


 次の瞬間、マルセルはパッと身体から血を噴き出させていた。

 アシュヴィンは、槍を振るった後の姿勢。


 ナイスぅ。


「弟のためですわ」

「あ、あああああああああああ!? 何してんだこのクソ女あああああああ!!」


 ゴロゴロと地面をのたうち回るマルセル。

 致命傷ではないのだろう。


 派手に出血をしているが、内臓などを傷つけられたわけではないらしい。

 まあ、放っておけば、出血多量で死ぬだろうが。


「い、痛い痛い痛い! ぼ、僕が……領主になるべきこの僕が……! ふざけるなよ異民族がぁ! 僕にこんなことをして、タダで済むと……!」

「あの時、弟を虐殺したその日から、わたくしはあなたへの復讐を決めていました。タダで済む? そんなことはどうでもいいのです。今のわたくしにあるのは、バロール様への奉公。そして、弟への手向けですわ」


 クルリと槍を回し、切っ先を突きつけるアシュヴィン。

 ……え。なにそれ、格好いいんだけど。


 俺もしたい。


「ひっ!? ば、バロール! 僕は正統な領主の血を引く男だ! お前の弟だ! だから、僕を助けろ!!」


 アシュヴィンが自分を始末することに躊躇がないとようやく理解したマルセルは、今度は俺に助けを求める。

 助けの乞い方がなってないけど。


 マルセルと、そしてアシュヴィンの視線が集まる。

 この場を支配しているのは、間違いなく俺だった。


 俺の言葉で、すべてが決まる。

 ……責任とりたくないから、こういうの嫌なんだけど。


「いいか、マルセル?」


 俺はマルセルを見下ろして言った。


「自分のしたことには、責任を持て(俺の地位を揺るがしかねない不発弾とかいらないんだよなあ)」

「う、うわあああああああ!!」


 マルセルの悲鳴を聞いたものは、俺たち以外にはいなかった。


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